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私は自分のスカートを引きちぎろうとするが、腕力が弱すぎるのか、縫合が強すぎるのか、私の腕力ではちぎることが出来ない。先ほど私の頭を狙って馬車に飛び込んで来た矢が、内側の扉に突き刺さっている。私はそれを両手でギュッとつかんだ。
「ふんっ!!」
力を一杯に込めると、勢いよく矢が扉から外れ、後ろに倒れそうになる。すぐに体勢を立て直し、尖った鏃をスカートに突き立てる。先ほどまで頑丈だった縫合が嘘のように、穴が次々空いてやがて線となり、体を拭くタオルほどの大きさでスカートが切り取られた。
「二人とも、安全圏から偉そうにごめんなさい!――でも一つ、ゴブリン達の気をそらせるかも知れないアイデアがあるの!聞いてくださいますか!?」
「そんな方法があるデゲスか!」
「……教えて」
別に私の命なんてどうなったって良い。こんな無能が死んだところで、むしろこの世のためかもしれない。でも、こんな無能の為に他の人を犠牲にしていいはずがない。ゲデスさんはこんな私にも優しく接してくれてる。侍女さんは無口だけれど、私とゲデスさんの命を真剣に守ってくれている。こんな素晴らしい人たちを死なせるなんて絶対にダメだ。
私はなれない大声を張り上げる。
「ゴブリン達魔物は人間がいたら襲うじゃないですか!?だから彼らの背後に人間が現れたら、そっちにも意識を持って行かれるんじゃないかって思いまして!」
「一人を犠牲にするということデゲスか!?――分かったデゲス。ワイがおとりになるデゲスよ!」
「そうではなくって、擬似的に人間を再現するんです!」
私は左手を切り取った布の上の乗せ、呼吸を整える。無能な私なんてどうなったって良い。彼らを助けられるのなら。
私は右手に持っていた矢を、左手に勢いよく突き立てた。
「イッツッ!!」
「だ、大丈夫デゲスか!」
「大丈夫です!私の事はお気になさらないでください!」
「……」
矢がささった左手から、血がたらたらと流れ、布にしみこんでいく。でもまだ足りない。こんなのじゃ、ゴブリンを振り向かせられないかも知れない。
私は軽くささった矢を引き抜き、再び左手に矢を刺す。
「クッッ!」
心配させないよう声を殺す。彼らは私よりも危険な外で耐えている。邪魔をするわけにはいかない。
何度も何度も突き刺す。そのうち、布が赤黒一色に染まり、びしょびしょになった。左手には複数穴が空いていた。少しでも動かそうとすると、強烈な痛みが走った。でも何だか生きている事を許してくれているみたいで、その痛みが嬉しかった。
私は右手に血が染みた布を持つと、馬車の扉を開ける。歓迎するかのように、勢いよく私に襲いかかるゴブリン。だが、彼らの体は空中ではじかれる。無口な侍女が、いつの間にか目の前に現れ、ゴブリンを蹴り飛ばしていた。
「こ、これ、イッ!あのゴブリンの群れの後ろに、投げ込んでくれませんか」
私は血にまみれた布を渡す。侍女はそれを受け取ると、少し私に目を向ける。私のボロボロなスカートを、私の穴だらけの左手に目線が向く。
「……あなた、頭逝かれてるわね。貴族なのにやるじゃない。馬車の中で、血を押さえて座っておきなさい」
そう言ってヒョイと私を馬車に押し込むと、扉を思い切り閉める侍女。私は服で左手を巻きながら、窓の外から侍女を見る。彼女は手に持った汚い布を、軽く放った。血で質量を持った布は、綺麗な放物線を描きながら、ゴブリンの頭上を通過していく。ゴブリンが皆動きを止め、鼻をひくつかせ、頭上を見上げる。先ほどまでの喧噪が嘘みたいに、一瞬時が止まる。
「行くデゲス!」
ゲデスさんの声で再び世界が動き出す。馬車が大きく揺れ、速度がぐんぐん上昇する。侍女はいつの間にか馬車の上に乗っていた。布を見つめていた一部のゴブリンが、こちらの動きに気が付き、再び迫る。
でももう遅い。馬車は呆けているゴブリンをなぎ倒し、激しく揺れながらもなんとか倒れず突き進む。もうゴブリンの足では、馬に追いつくことは出来ない。私たちはゴブリンの包囲網を突破していた。
ゴブリンの返り血で青緑に染まった馬車を見て、アトランデス侯爵家の使用人は酷く驚いたに違いない。しかもその馬車から現れたのは、大きく破れたボロボロの服を身にまとった、左手から血を垂れ流している女なのだ。悲鳴を上げる者がいなかったのは奇跡に違いない。
まあ、何はともあれ、私達はゴブリンの襲来を切り抜け、アトランデス侯爵家に無事到着したのだった。




