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「ホッホッ、お貸しした本はもう読まれたのかな?ずいぶんと読むのが早いことじゃ」
「レルグル様、先日は本をお貸しいただきありがとうございます。お貸しいただいた本が面白く、ついページをめくるスピードが速くなりました。ここ数日騎士団の訓練疲れで動けず、むしろ遅くなってしまったほどです」
騎士団での訓練終了後、私は気絶してしまったらしい。目が覚めるとベッドの上で、ウブールが私の顔を心配そうにジッとのぞき込んでいた。その後ウブールはブレイド騎士団長をやり過ぎだと叱り、疲労回復を考えて騎士団の練習に参加するのは三日に一回となった。私としてはただただ自分の運動不足が招いた結果で、ブレイド騎士団長には迷惑をかけてしまったことを頭を下げて謝るしかなかった。ブレイドは困ったような顔で、こちらこそ申し訳ないと頭を下げていた。
「それにしても、ずいぶんと表情が明るくなったのぉ」
「あ、ありがとうございます」
「ほれ、そこの椅子にでも座りなさい。そうじゃな、せっかくじゃし本の感想でも聞かせてもらおうかな――なに、そうかしこまらんで大丈夫じゃ。我が領は脳みそが筋肉で出来てる輩が多くてな。本の感想会などできる相手がおらんのじゃ。近所のおじいさんのおしゃべりに付き合うとでも思ってもらえば」
「そ、そんな近所のおじいさんなんて。ですが、本の感想会はぜひお願いしたいです」
私は促されるように椅子に座る。古い椅子が、私の体重でギシリと音を立てる。レルグルもゆったりと椅子に座る。椅子は音を発さない。
「どれ、では『将来はショウタイム!』はどうじゃったかな?」
「面白かったです。国に絶望した少年ルーブルが自立を目指して家と国を飛び出す冒険譚。あまりこういう話は呼んだことがなかったのですが、面白くてすいすいと読み進めてしまいました」
「ホッホッ。そうかそうか」
「それにこれは原本ですよね?活版ではなく手書きですし」
「そうじゃな。何を隠そう、その本はここに一冊しかない物じゃ。――貴重ではないがな」
「一冊しかないのですか!?とても貴重な物ではないですか!?」
「いやいや、それが貴重ではないのじゃよ。なんせ、それはわしが書いたものじゃからな」
ホッホッと笑うレルグル。私は驚きが隠せず、口を空けたまま少しの間呆ける。
「しょ、小説家の才能も持たれていたのですね」
「なに、記録しないといけない事を記録しただけじゃよ。――一部改変はしているがの」
「一部改変、やはりこれは実話を元にしているのですね?」
「やはり、と言うことは気づいておったのじゃな。関心関心」
「レルグル様にお貸しいただいたもう一つの本『マンダリン帝国の神と髪』のお陰です。主人公ルーブルの敵対している宗教とマンダリン帝国の宗教感がかなり似ていたので。――これはマンダリン帝国の実話なのですね?それも最終的には我が国に亡命している方の」
「そこまで分かってしまったか。だいぶぼかして書いたつもりじゃったが、これは恐れ入る」
レルグルはそう言ってゆっくりと立ち上がる。私もつられて立ち上がる。レルグルの目は私を透かして遠くを見つめていた。
「来るべき時に備え過去を知ることは、万金の価値がある。彼は少年ながらに知恵と肉体を鍛え、国の宗教と渡り合い、我が国に亡命してきた。だが、物語はそれで終わりではない。むしろ始まりなのじゃ」
「始まり……ですか?」
「そろそろ時代が動き出す。止める方法があるのかないのか、わしには分からん」
レルグルは私に目を戻す。綺麗な青い瞳。でもどこかウブールとは違う、彼よりも淡い色。
「リリア殿。私の孫を頼んだよ」
「は、はい!」
「ホッホッ。孫は良い嫁をもらったようじゃ。安心して任せられるの。――そうじゃ、『将来はショウタイム!』はリリア殿の手元に置いてくれんかの?」
「良いのですか?こんなに貴重な物を」
「構わん。というより、むしろ持っていただきたい。リリア殿が持っている事に意味があるのじゃ。あぁ、本はまた好きなだけ借りてもらって構わんからの。……ではさらばじゃ。孫に無理するなと伝えておいてくれるとありがたい」
レルグルはそう言うと出口に向かってゆっくり歩き始めた。ゆっくりだけれど、どこか軽やかな感じがした。
「あ、ありがとうございました!」
私はレルグルに向かって頭を下げる。ホッホッと小さく声が聞こえて、でもいつまで経っても出口のドアが開く音は聞こえなくて。私が頭を上げると、いつの間にかレルグルはいなくなっていた。彼の残した本と彼の残した言葉だけが、私の元に留まっていた。




