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 そんなこんなで忙しくも心地よい日々を送っている間に結婚式当日を迎えることとなった。


「……バッチリ」

「ありがとうございます。アーシャさん」


 アーシャは鏡に映る純白のドレスで彩られた私の姿を見て、自慢げに親指を立てる。何だか楽しそうなので、アーシャが特に着付けを手伝っていない事は突っ込まないようにしておこう。

 着付けを手伝ってくださった侯爵家の侍女の皆様も、私の姿を見て喜んでいる。ドーランさんなんて目尻に涙を浮かべているぐらいだ。私自身、少し驚いている。侍女の皆様の化粧が上手いからなのか、それとも上質な化粧道具だからなのか、肌がパッと明るく、顔のラインも綺麗に引き締まって見える。皆様には感謝しかない。


「じゃあ行くよ!新郎様が今か今かと登場を待ち望んでいるからね!」


 ドーランの呼びかけに侍女が一斉に動き出す。私のドレスの裾を持って、地面に付かないよう少し浮かせる。アーシャは……隅の方でこちらをジッと見ていた。


 いくつかの扉を抜け、大きな教会の扉の前にたどり着く。いよいよだ。式が終われば私はこの家の者になるのだ。

 扉がギィッと重厚な音を立てて両側に開く。中からパイプオルガンの音。まばらに響く拍手の音。正面にはウブールがいる。白いタキシードに身を包み、こちらに背を向けて、左手を腰に当てて三角の空間を作って待っている。


 私はゆっくりと会場を進み、後ろで扉が閉まる。左右には来賓の方達。壁際には騎士団がずらりと並んで直立している。騎士団長のブレイドが来賓に睨みをきかせている。かなり厳重な警備だ。

 来賓の方は基本的に知らない人ばかりだ。私の実家の人々は皆病欠らしい。流行病か、はたまた無能な私の為に時間を使いたくない病か。ただ、こう言っては失礼だが、来てくれないのが嬉しかった。

 ウブールの両親もいない。少し前に戦争で亡くなっているそうだ。祖父のレルグルは……姿が見えない。書斎にこもっているのだろうか。何故だか少し寂しい気がした。

 来賓の中には少し服が簡易な者達がいた。おそらくウブールが言っていたアトランデス領市民代表の方々なのだろう。ウブールは領主として、民からも愛されているのだ。その中に一人見知った顔。ゲデスだ。彼もこちらが見ている事に気が付くと頭を少し下げる。「おめでとうございますデゲス」という声が聞こえてきそうだ。私も小さく頭を下げる。

 

 正面で待っていたウブールにやっと追いつく。私は彼の左腕と体の間に手を差し込み、腕をつかんだ。ウブールがこちらを見て少し笑い。正面を向く。私も正面を向き、一歩一歩進み始めた。

 目の前には神父。彼の前で、神の前で誓いの言葉を復唱すれば名実ともに夫婦になる。そのはずだった。


 ドバタン!!


 後ろで扉が勢いよく開く。何事かと皆一斉に振り返る。私もウブールも振り返った。そこには息を切らした騎士団の者がいた。


「ド、ドラゴンです!遠方よりドラゴンが一体接近中!ものすごい速度で教会めがけて進んでいます!!!」


 悲鳴にも近い報告。来賓の者が皆一斉にざわつく。騎士団が一斉に動き始める。驚き、恐怖、それらがない交ぜになった声が聞こえる。そこに楽観的な物は一切なかった。

 ドラゴン。それは人間がかなう相手ではない。彼らの羽ばたきで周囲の人は飛び散り、彼らの呼吸で人間は焼き尽くされる。こちらからの攻撃は硬い鱗によって防がれ、ただただ蹂躙されるより他無いのだ。

 来賓が一人、扉に向けて動き出そうとする。それを見て他の人も動き出そうとする。助かりたい一心で皆扉に向かう。大勢の押し合い。一斉には出られないのに、そんなの見れば分かるのに、誰一人譲ろうとはしない。集団パニックに陥っていた。


「静まれ!」


 ウブールの声が響く。皆の動きが一瞬止まる。場を支配していた恐怖が、一瞬凍る。その一瞬をウブールは見逃さない。


「外に出るとドラゴンの格好の的だ!騎士団!裏口に来賓の方々を誘導しろ!小さいから一斉には出られん!子供、女性、ご高齢の方、成人男性の順だ!皆様、騎士団の誘導に従ってください!落ち着けば皆切り抜けられます!」


 ブレイドが素早く指示を飛ばし、騎士団が各々動き始める。先ほどまで神父が聖書を置いていた台が動き、その下に人二人分ほどの大きさの階段が現れた。子供がゆっくりと導かれ、その後に女性が続く。


「君も行くんだ。リリアさん」

「いえ、私もこの場に残ります。ウブール様を置いていくなどできません!」

「優先順位の問題だ。先ほど言っただろう?子供、女性、老人、男性の順だ。誘導通り行ってくれ」

「しかし、私の服はウェディングドレスです。後続の方に迷惑をかけてしまいます。優先すべきは多くの人を逃がすことでしょう?もちろん、来賓の方の避難が完了次第、速やかに避難しますので」

「……分かった。だが、皆の避難完了次第、すぐに行くのだぞ!騎士団!誘導を急げ!」


 ウブールは私の服を見た後、少し悲しそうな顔をして、そう言った。ウェディングドレスでは速く動くことも出来ないし、誰かが裾を踏んでこけるかもしれない。そちらの方がよほど危険だと理解されたのだろう。


 ブレイドを筆頭に騎士団は優秀だった。先ほどまであんなにパニックに陥っていた人々を、冷静に優先順位通り列に並ばせ、それでもパニックに陥る者は速やかに気絶させて運んでいた。間違いなく最適以上のスピードで避難は進んだ。すでに老人まで避難完了し、成人男性が避難を開始していた。


 だが間に合わなかった。


 ドッガラガン!!!ドゴン!


 教会が大きく揺れ、上から無数のロウソクが降り注ぐ。屋根の一部に穴が空き、大きな瓦礫が降ってくる。舞う砂埃。ウブールが私の目と鼻を、素早く服で覆った。

 ドラゴンだ。ドラゴンが来てしまったのだ。

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