第9話 無傷攻略
《一歩先の剣路》
表示が浮かんだ瞬間、ユウマの視界が変わった。
未来が見えたわけではない。
魔物の筋肉が沈む位置。爪が床を掴む角度。尾の付け根に走る力。そこから伸びる、次の動きの線。
そして、レイナの剣が通れる線。
それだけが、一拍先に重なって見えた。
「左前脚、踏む」
レイナは返事をしない。
前へ出た。
魔物の爪が落ちる寸前、彼女の靴底がその甲を踏む。巨体の重心がわずかに崩れた。
ユウマの声が、剣を振るより半拍早く、踏むべき場所を示していた。
怖い。
それでも、足がそこへ向かった。
「斬らない。抜けて」
レイナは剣を振らず、角の下を通り抜ける。
【今斬らないの!?】
【角が空振った】
【黒瀬の声とレイナの動き合ってる】
【これペアスキルだろ】
魔物が尾を戻す。
「半歩前」
普通なら、後ろに下がる場面だった。
レイナは前へ出た。
尾が背中の後ろを通る。銀の髪の先だけが揺れた。
剣先が、ユウマの見ている線をなぞる。
声より先に、足がそこへ向かう。
「今です」
レイナの剣が走った。
深い。
今まで届かなかった最後の半歩。その距離に、刃が入る。
石殻の割れ目から芯へ。白い剣閃が魔物の胸を貫き、赤い角の光が消えた。
巨体が崩れる。
床に落ちる前に、レイナは横へ抜けていた。血も石片も、彼女の頬には届かない。
《中型魔物、討伐確認》
《負傷者なし》
【無傷!?】
【中型を?】
【レイナ強すぎ】
【いや黒瀬の指示もおかしい】
【怖いまま前、強すぎる】
【半歩前ニキ爆誕】
残りの低層魔物は、戦闘にもならなかった。
レイナは走りすぎない。斬り急がない。ユウマは必要な時だけ、短く言う。
「右の影」
「待って」
「今」
それだけで、剣は届いた。
最後の扉が開き、青い攻略証明光が二人の足元を照らす。
《低層ダンジョン・第三区画》
《初攻略完了》
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《到達評価:無傷》
攻略後の測定円が浮かんだ。
《シンクロ率 十八%》
《攻略推奨ライン未満》
《ペアスキル接続:安定傾向》
《未登録スキル:一歩先の剣路》
【十八%で安定?】
【シンクロ率下がったのに接続良くなってる】
【十八%安定、覚えた】
【黒瀬、感情じゃなくて接続を見てる?】
【いや生配信見ろ、心読んでない】
【怖いって認めたから線がつながった?】
公式ダイジェストの予告は、違った。
《最弱荷物持ち、最強剣士に命令》
《「怖くないって言うたびに、踏み込みの線が切れてる」》
《相性最悪ペアに新たな火種》
同時に、短尺切り抜きが流れ始める。
《黒瀬命令男》
《白銀レイナ、攻略中に「怖い」と告白》
《生配信勢「そこだけ切るな」》
《一歩先の剣路、解析班求む》
ゲートを出た後、レイナは立ち止まった。
白い照明が、ダンジョンの青い光を洗い流していく。
ユウマはそこで初めて、自分の膝に力が入っていないことに気づいた。
怖かった。
自分の推測が外れれば、レイナが死ぬ。それを、今さら身体が理解していた。
勝たせると言った。
その言葉に、自分も縋っていたのだと気づいた。
「あなたは、私の怖いところを見た」
ユウマは喉を鳴らした。
「すみま――」
「謝らなくていい」
レイナは首を振る。
表情はまだ硬い。けれど、剣を握る手は震えていなかった。
「言ったら、弱くなると思っていた」
小さな声だった。
「でも、違った」
ユウマは何も言えなかった。
レイナは彼を見る。
「次は、あなたが隠しているところを見せて」
「……見せられるかは、分かりません」
「それでもいい」
レイナは、ほんの少しだけ目を細めた。
「目をそらさないで」
見ているだけなら、安全だと思っていた。
けれどもう、レイナはその場所に彼を置いてくれない。




