第8話 怖いまま進む
魔物が吠えた。
音が石壁に跳ね、青白い苔の光が震える。ドローンの警告灯が赤く点滅し、通路上部に避難ルートが表示された。
《戦闘継続中》
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《シンクロ率 十九%》
《接続揺らぎ:増大》
【数字は上がってる】
【でも警告も増えてるぞ】
【レイナなら押し切れる】
【黒瀬、余計なこと言うな】
レイナは踏み込んだ。
速い。
角を避け、前脚の内側へ潜り、剣を斜め下から走らせる。石の殻が割れ、魔物が苦鳴を上げた。
だが、浅い。
もう一歩で届く場所に、刃の終点がある。そこに足が乗らない。
「私は」
レイナが息を吐く。
「怖くな――」
言い切る前に、白い線が乱れた。
《シンクロ率 二十二%》
《上昇》
《警告:ペアスキル接続不安定》
ユウマには、数字よりも線が大きく見えた。
感情が強いから、数値は上がる。
でも、認めていないから、線が歪む。
たぶん。
たぶん、そういうことだ。
外れたら、レイナを殺す。
「白銀さん」
「言わないで」
「言わなくていいです」
レイナの剣先が、ほんの少し落ちる。
魔物が低く身を沈めた。次は突進ではない。前脚を沈めてから跳ぶ。
「今は、足だけ見てください」
レイナの喉が動く。
「私は、怖くない」
言葉より先に、右足が引いた。
白い線が細く裂ける。
魔物が跳ぶ。
「違う」
ユウマの声が、石壁にぶつかった。
「怖くないことにしなくていい。怖いまま、一歩だけ前に出てください」
レイナの唇が、白くなるほど噛まれた。
【怖いって決めつけるなよ】
【でもレイナ、否定しない】
【足引いた?】
【シンクロ上がってるのに警告出てるのマジで何】
レイナは動かない。
逃げ遅れではなかった。剣を捨ててもいない。目も閉じていない。
ただ、初めて、自分の足元を見ていた。
魔物の影が、彼女の上に落ちる。
「怖い」
声は小さかった。
ドローンのマイクが拾わなければ、誰にも届かなかったかもしれない。
《シンクロ率 十六%》
《低下》
【下がった!?】
【終わった】
【そこで下がるの最悪】
【やっぱ相性悪いじゃん】
ユウマだけが、違うものを見ていた。
乱れていた白い線が、すっと一本にまとまる。
細い。まだ弱い。けれど、初めて途中で切れていない。
「今は斬るな」
レイナの目がユウマを見る。
「一歩だけ前」
レイナが踏む。
石床に、靴底の音が一つ鳴った。
「呼吸が戻ってから」
魔物の前脚が落ちる。衝撃で床が割れる。レイナはその真横、爪の内側にいる。
「目を閉じるな」
「閉じてない」
声は震えていた。
でも、足は引かなかった。
二人の足元に、白い円陣が浮かび上がる。青い測定光が一瞬乱れ、ドローンの画面に白いノイズが走った。
《ペアスキル波形:未登録パターン》
《解析中》
《登録名――》
ユウマの視界で、魔物の次の動きが一拍だけ先に伸びる。
赤い角の軌道。
前脚の沈み。
尾の戻り。
そこを通る、レイナの剣筋。
その剣筋に、ユウマの見ていた白い線が重なった。
《一歩先の剣路》
白い陣が、音もなく開いた。




