第7話 嘘の勇気
警告音が鳴った。
《注意》
《第三区画、未登録反応》
通路の奥で、石壁がこすれるような音がした。
低い。重い。小鬼の足音ではない。
霧の中から、肩まで石の殻に覆われた獣が出てくる。四本脚。赤い角。低層用の照明を受けても、目だけが暗く沈んでいる。
「中型……? 第三区画に出る個体じゃないぞ」
管制室の声が、一瞬だけ配信に乗った。
直後、公式テロップがかぶさる。
《想定外の試練》
《相性最悪ペア、初の正念場》
【今スタッフ焦ってたよな】
【演出にするな】
【レイナいるなら平気】
【黒瀬、邪魔だけはするな】
レイナは剣を構えた。
怖がっているようには見えない。肩は揺れない。視線は赤い角を捉えている。
魔物が床を蹴った。
石片が跳ねる。角が胸元へ伸びる。レイナは半身で避け、角の根元へ剣を入れた。
通る。
そう見えた。
けれど、最後の半歩が遅れた。
刃は殻を裂いたが、芯まで届かない。魔物は止まらず、体をひねる。岩のような尾が横から払われた。
レイナは右へ避けようとする。
その先には、折れた石柱がある。
ユウマの視界で、白い線がぷつりと切れた。
叫べば、また何様だと言われる。
黙れば、レイナが詰まる。
追放された時も、ユウマは何も言えなかった。
今度も黙るなら、何も変わらない。
「右に避けるな! 左足を引け!」
レイナの眉が動く。
それでも、体は従った。右足を残し、左足だけを引く。半身になった胸の前を、石の尾が唸って通り過ぎた。
風圧で銀の髪が散る。
ドローンが一機、慌てて上昇した。
【黒瀬が命令した!?】
【今の聞かなかったら柱に詰まってた】
【たまたまだろ】
【いや左足引けは具体的すぎる】
【生配信勢、今の角度保存しとけ】
レイナは距離を取った。
剣に欠けはない。身体にも傷はない。だが、完璧だった顔に、初めて小さなひびが入っていた。
「……今の、見えていたの」
「柱と尾の軌道は」
「それだけ?」
ユウマは答える前に、魔物を見る。
次の突進まで、呼吸二つ分。
「それと」
言えば、踏み込む。
言わなければ、また切れる。
「怖くないって言うたびに、踏み込みの線が切れてる」
レイナの目が冷えた。
「あなたに何が分かるの」
声は静かだった。
静かすぎて、通路の水音の方が大きく聞こえた。
【空気変わった】
【黒瀬それ言っていいやつ?】
【心読んでるみたいで嫌】
【でも線って何だよ】
ユウマは首を振る。
「分かりません」
魔物が前脚で床を掻く。
「見えているのは、切れてる場所だけです」
レイナは何も言わない。
否定するなら、できたはずだった。
怒るなら、できたはずだった。
けれど彼女は剣を構えたまま、ほんの一瞬だけ、自分の右足を見た。




