第10話 レンの小さな崩壊
共同ハウスのリビングでは、攻略映像が繰り返し流されていた。
《一歩先の剣路》
《低シンクロ率ながら接続安定》
《白銀レイナ、中型魔物を無傷討伐》
ミナはソファの背もたれに顎を乗せ、画面の中のユウマを見ていた。
「黒瀬くん、今いちばん切り抜き映えしてる顔してる」
ノアが横目で刺す。
「顔じゃなくて、レイナが言うこと聞いたのが事件でしょ」
カイトは黙って映像を見ていた。ユウマの「半歩前」という声で、レイナが踏み込む。その瞬間だけ、眉がわずかに上がる。
「今の指示、俺には出せないな」
サヤは杖を両手で握っていた。
「怖いって言っても、前に出られるんですね」
画面の隅で、レイナは黙っていた。
自分の「怖い」が、何度も再生されている。笑う者もいる。感動する者もいる。切り取る者もいる。
けれど彼女は、画面ではなく、少し離れた場所に立つユウマを見ていた。
【ハウスの空気変わった】
【ミナちゃん、黒瀬に目つけた?】
【ノア様の言い方好き】
【カイトが認めたの地味にデカい】
【サヤちゃんの一言刺さる】
【レイナ、黒瀬見てない?】
その頃、別配信では獅堂レンのパーティーが通常攻略を行っていた。
《獅堂レン率いるSランクパーティー》
《中層手前・通常攻略》
レンは笑っていた。
赤い戦闘コート。整った装備。追尾ドローンの中央。画面映えする立ち位置を外さない。
「低層の変異種くらいで騒ぎすぎだろ。俺たちなら、中層でも十分いける」
【レンきた】
【やっぱ絵になる】
【本物のSランク見せてくれ】
【黒瀬の元リーダーだっけ】
レンの火炎スキルが通路を焼いた。
威力は本物だった。魔物は悲鳴を上げる間もなく崩れ、後衛が素材を回収する。
強い。
それは疑いようがない。
ただ、少しだけ荒かった。
左側の小鬼が炎の外へ逃げる。槍使いが追う。追った先に、別の影がいた。
「おい、そっち行くな!」
レンが叫ぶ。
槍使いは慌てて止まった。爪が鼻先をかすめ、壁に火花が散る。
「悪い、死角だった」
「集中しろ。黒瀬が抜けたくらいで動き鈍らせるな」
レンは軽く言った。
軽く聞こえるように、言った。
【今ちょっと危なかった】
【黒瀬関係なくね?】
【いや前の攻略ログだと、ここで声入ってた】
【比較班、仕事早いな】
画面の端に、視聴者が作った比較切り抜きが流れ始める。
《過去ログ》
《同系統通路》
《黒瀬ユウマ:左、追いすぎるな》
《現在ログ》
《同系統通路》
《指示なし》
次の区画では、床石の模様がずれていた。踏めば、横壁から毒針が飛ぶタイプ。派手ではない。だからこそ、攻略中は見落としやすい。
先頭のレンは気づかず進む。
後衛の女探索者が、ぎりぎりで袖を引いた。
「待って、床」
レンの靴が、罠石の手前で止まる。
毒針は飛ばなかった。
事故ではない。
けれど、事故の一歩前だった。
「前はさ」
槍使いが、ぽつりと言った。
「そういえば、黒瀬がいた時って、俺たち怪我少なかったよな」
通路の空気が止まる。
レンは振り返った。
「あいつは荷物持ちだ。俺たちが強かっただけだ」
声は笑っていた。
だが、誰もすぐには笑わなかった。
【今の沈黙なに】
【レンは普通に強い】
【でも黒瀬が抜けてから連携荒い】
【前の攻略ログ見直すと、黒瀬が地味に止めてる】
【最弱荷物持ちって本当に最弱だったのか?】
攻略は成功した。
評価も高い。負傷もない。タイムも悪くない。
それでも、配信後の控室で、レンは水を飲まずに画面を見ていた。
白銀レイナと黒瀬ユウマの無傷攻略。
《未登録ペアスキル》
《一歩先の剣路》
《低シンクロ率ながら接続安定》
ユウマが何かを言い、レイナが一歩前に出る。
後ろで見ているだけの男。
そう言ったのは、自分だ。
その男の声で、最強剣士が動いている。
「……番組の編集だろ」
レンは小さく吐き捨てた。
画面を消そうとした瞬間、次の公式予告が流れる。
《次回》
《第二回ペア選択》
《いま一番バズっている男を、誰が選ぶ?》
画面は共同ハウスに戻る。
ミナが笑っていた。
「黒瀬くん、ちょっと話そ?」
その声を聞いた瞬間、レイナの視線が、ほんの少しだけユウマから外れた。




