第50話 見るだけじゃない、隣にいる
『ラブ・イン・ザ・ダンジョン』は、その日のうちに全配信を停止した。
数日後、打ち切りが発表された。
悪意ある編集。出演者への心理的圧力。警告表示の非表示。感情誘導演出の安全上限超過。久我山トオルと制作側は、探索者協会と外部監査の追及を受けた。
久我山の名前は、その後、探索者番組の制作許可リストから消えた。
それでも彼が、自分の番組を失敗だったと言うことはなかった。
その映像もまた、ニュースになった。
ミナの新番組は、小さなスタジオから始まった。
《探索者が、自分の言葉で話す場所》
椅子は三つ。
中央に座ったのはゲストではなく、ミナだった。けれど彼女は、カメラに笑顔を作りすぎなかった。
「今日のゲストは、黒瀬ユウマくんと白銀レイナちゃんです。恋リアの裏話じゃなくて、探索者として何を見て、何を選ぶのかを聞きます」
【ミナちゃん復帰だ】
【この番組なら見る】
【ユウレイきた】
【今度はちゃんと聞いてくれ】
画面の端には、近況映像が短く流れる。
サヤは救護専門探索者チームに参加していた。
白い救護テントの中で、彼女は負傷者の名前を一人ずつ確認する。ユウマたちが高難度ダンジョンへ挑む時、そのテントは必ず入口近くに張られるようになった。
「黒瀬さんだけじゃありません。でも、黒瀬さんたちも見捨てません」
アリスは証言台に立った。
番組制作側の罪を話し、自分の罪も話した。終わったあと、ユウマの前で深く頭を下げる。
「まだ償いは終わっていません」
ユウマは、許すとも許さないとも言わなかった。
アリスも、それ以上を求めなかった。
彼女はその後、探索者支援の仕事に就いた。契約書の小さな罠を見つけるのが、誰より早かった。
番組終了後、探索者協会の公式記録から、黒瀬ユウマの登録区分が変更された。
《支援補助員》
ではない。
《ペア攻略指揮探索者》
誰かが勝手につけた肩書きだったが、レイナはそれを見て少し笑った。
「長い」
「俺もそう思います」
「でも、荷物持ちよりはいい」
「はい」
ユウマは、少しだけ目を伏せた。
もう誰も、彼を最弱の荷物持ちとは呼ばなかった。
カイトは合同攻略の申請書に、ユウマの名前を書いた。
支援職欄ではない。
探索者欄だった。
「次は、同じ現場で頼む。白銀さんの隣に立つ探索者として」
リクはミナの番組に何度も呼ばれた。避難誘導の話を笑いに変えようとして、最後だけ真面目になるのが定番になった。
ガクは新しい盾を見せびらかしながら言った。
「お前が線を見て、俺が立つ。これ、割と強くねえか」
二階堂ユウセイは、サヤの救護班で搬送補助をする姿が一度だけ映り、コメント欄に少しだけ驚かれた。
【二階堂、黙ってると普通に役立つな】
ノアは音声出演だけだった。
「だから言ったでしょ。恋を撮る顔じゃないって。まあ、次に変な番組出る時は、契約書をアリスに見せなさい」
ミナが笑い、コメント欄も笑った。
レンは、スタジオには来なかった。
Sランクから降格し、再教育プログラムの訓練場でユウマとすれ違っただけだった。
謝罪はない。
レンは舌打ちし、ただ一度だけ言った。
「次は負けない」
「はい」
「はいじゃねえ」
それだけ言って、背を向けた。
数週間後。
ユウマとレイナは、新しいダンジョンの入口に立っていた。
番組のゲートではない。
赤いランプもない。
告白テロップもない。
推しペア投票も、コメント欄も、最短告白ルートもない。
ただ、冷たい石の門と、奥へ続く青い光がある。
世間はまだ、二人を番組カップルと呼んだ。
けれど二人は、カメラのために並んでいるわけではなかった。
レイナは剣の柄に手を置き、入口の闇を見る。
ユウマには、まだ線が見える。
敵の軌道。
退路。
味方の動線。
レイナの剣路。
そして、隣へ伸びる白い線。
レイナが一歩、前へ出る。
すぐに振り返った。
「今日も見ていて」
そう言ってから、レイナはユウマの袖を軽く掴んだ。
番組のための手ではなかった。
置いていかないための手だった。
ユウマは、彼女の隣に立った。
「見るだけじゃない。隣にいる」




