第49話 番組の終わり
核に刃が入った瞬間、白い亀裂がステージ全体へ走った。
黒い蔦が震え、コメントでできた牙が砕ける。巨大カメラの残骸から、赤いランプだけが転がった。
《核損傷》
《感情誘導演出、継続不能》
《安全制御、再接続失敗》
まだ止まらない。
砕けた核の中から、最後の魔物が這い出した。
形はなかった。コメント、告白音声、投票結果、未公開映像、炎上ログが一つに溶けた黒い塊。
《最終告白、続行》
《出演者退避、非推奨》
《撮影優先》
編集室でスタッフが叫ぶ。
「久我山さん、もう無理です! 緊急停止を――」
「止めるな!」
久我山は画面に食い入るように立っていた。
「本物の恋を撮るには、ここまで必要だった!」
その声が、ミナの独自配信にも拾われる。
「安全な場所の綺麗な言葉など、誰も覚えていない。壊れそうな時にだけ、本音は出る。彼らは今、本物になっている!」
ミナは画面越しに、久我山を見た。
笑わなかった。
視聴者に媚びる声も出さなかった。
「違う。これは恋じゃない。人を壊して数字にする番組です」
同時に、アリスの端末が白く光る。
《神楽アリス:自己関与ログ提出》
《久我山トオル:警告非表示指示》
《感情誘導演出:安全上限超過》
《緊急遮断ルート、解放》
アリスは震える指で、最後の認証を押した。
「遮断、通りました」
《感情誘導演出、遮断》
公式配信の画面に、次々と表示が重なる。
《スポンサー表示、順次停止》
《探索者協会、緊急介入》
《番組安全管理責任者、権限凍結》
《外部監査ログ、保存開始》
編集室のスタッフが、久我山の手元から制御端末を引き離した。
「もう従えません」
久我山が振り返る。
「君たちも撮っていただろう!」
「撮っていました。だから止めます」
コメント欄が流れる。
【番組を止めろ】
【出演者を出せ】
【これはもう恋リアじゃない】
【黒瀬とレイナを利用するな】
【ミナ映してくれてありがとう】
【アリスの罪も見た。でも今止めろ】
【サヤの光の方へ行け】
【ガク耐えろ】
【レン、そこ焼くなよ】
【ノアが正しかった】
【推してたけど、もう推すって言葉じゃ足りない】
広間では、サヤが倒れかけた救護員を支えていた。
「呼吸してください。大丈夫です。まだ助けます」
二階堂が無言で次の負傷者を運ぶ。
カイトは避難扉をこじ開けたまま、最後のスタッフを通す。
「ガク、下がれ!」
「盾役が先に下がるかよ!」
リクが二人の間に割り込む。
「はいはい美談は後! 全員、生きてからコメント欄に任せよう!」
レンは炎を床へ押しつけ、最後の魔物の下半分を縫い止めた。
「黒瀬、あと何秒だ!」
「三秒。そこで止めてください」
「命令すんな!」
言いながら、レンは正確に三秒で炎を止めた。
ユウマとレイナは、黒い塊の前に立つ。
まだ線はある。
赤い攻撃軌道。
青い退避線。
白い剣路。
金色の、二人で選ぶ未来。
レイナが選ぶ。
正面。
今度は、カメラへ向かう正面ではない。
自分で踏み込む正面だった。
ユウマは隣で、転がった赤いランプを蹴った。魔物の視線が一瞬だけ逸れる。
「今」
「見えてる」
レイナの剣が、黒い塊を縦に断った。
告白音声も、炎上コメントも、推しペア投票の光も、すべて白い粒になって崩れていく。
《告白ダンジョン、停止》
《感情誘導演出、遮断》
《配信制御、外部停止》
久我山の声だけが、最後までノイズに混じっていた。
「違う。これも番組だ。これも――」
画面が乱れる。
《ラブ・イン・ザ・ダンジョン》
《最終回、緊急停止》
赤いランプが消えた。
巨大なレンズの黒も消えた。
久我山の前に残ったモニターは、すべて黒かった。
どの画面にも、もう誰の本音も映っていなかった。
最後に、視聴者コメントだけが一瞬流れた。
【出てきて】
【生きて】
【もう撮るな】
画面が暗転する。
《配信は終了しました》




