第5話 初攻略前夜
《初攻略前インタビュー》
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《現在シンクロ率:十二%》
公式ダイジェストのテロップは、もう結論を決めていた。
《相性最悪ペア》
《最強剣士と最弱荷物持ち、初攻略へ》
ユウマの個室には、カメラが近かった。
「白銀さんとの攻略に不安はありますか?」
番組音声が聞く。
「あります」
「どの部分に?」
「俺が足を引っ張る可能性です」
「勝たせる、と言っていましたね」
ユウマは少しだけ目を伏せる。
「言いました」
「自信がある?」
「自信じゃないです」
短く息を吸う。
「言った以上、そうするしかないと思っています」
別の個室で、レイナはまっすぐカメラを見ていた。
「黒瀬さんとの相性は?」
「分かりません」
「シンクロ率は低いですが」
「数値は見ました」
「不安は?」
「ありません」
即答だった。
ただ、その直後、レイナの右足が床を一度だけ押した。
再シンクロ測定は、夜のスタジオで行われた。
青い光が床を走り、二人の足元を結ぼうとする。
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《シンクロ率 十四%》
《攻略推奨ライン:三十%以上》
《ペアスキル接続:不安定》
【ちょっと上がった】
【でも低い】
【相性最悪は変わらん】
【これで潜るの怖すぎ】
公式の効果音が不安を煽る。
そしてまた、波形が跳ねた。
白いノイズ。
青い線の端に、ほんの一瞬だけ別の色が混ざる。
《解析不能波形》
《ペアスキル波形:未登録パターン》
表示はすぐ消えた。
ユウマはそれを見た。
レイナも見ていた。
深夜、共同ハウスは静かになった。
出演者たちはそれぞれ、装備点検や休息に入っている。笑い声はもうない。代わりに廊下の奥から、剣が空気を切る音がした。
訓練場の明かりが漏れていた。
ユウマが扉の前で立ち止まると、中から声がした。
「入ってくれば」
気づかれていた。
レイナは一人で剣を振っていた。
速い。美しい。無駄がない。
踏み込み、腰の回転、剣先の軌道。どれも完成されている。
けれど、最後の半歩だけが残る。
線が切れる。
斬れるはずの距離で、身体がほんのわずかに止まる。
ユウマは息を止めた。
「あなた、何か分かっている顔をしているのに、言わないのね」
レイナは剣を下ろさずに言った。
「分かっているわけじゃありません」
ユウマは訓練場に入る。
「見えているのは、スキルのつながりが切れるところだけです」
「心が読めるわけじゃない?」
「読めません。誰が何を考えてるかなんて、分かりません。ただ、発動の前に線が乱れるとか、動きと条件が噛み合ってないとか……そういうのが見えるだけです」
「それで、私のどこが切れてるの」
ユウマは答えに迷った。
言えば踏み込みすぎる。
言わなければ、明日、彼女を危険に晒すかもしれない。
「最後の一歩です」
レイナの剣先が、わずかに下がる。
「斬る直前、踏み込みの線が切れます。でも、理由は分かりません。怖いのか、迷ってるのか、条件が違うのか。俺にはそこまでは」
「便利なのか、不便なのか分からない目ね」
「自分でもそう思います」
レイナは剣を鞘に収めた。
金属音が、静かな訓練場に短く響く。
「あなた、いつも半歩後ろにいる」
ユウマは黙った。
「助けられる距離にはいる。でも、助けたあとに自分が責められる距離には入らない」
胸の奥を、冷たいものが刺した。
見ている。
危ない場所を拾う。
でも、自分は前に出ない。
それをずっと、迷惑をかけないためだと思っていた。
「……白銀さんは、厳しいですね」
「あなたほどじゃない」
「俺は何も言ってません」
「言わないから厳しいのよ」
返せなかった。
レイナは訓練場の壁に設置されたモニターを見る。
明日の攻略予定が表示されている。
《初攻略》
《低層ダンジョン・第三区画》
《推奨:安定シンクロ率三十%以上》
その下に、今の二人の数値が並ぶ。
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《十四%》
ユウマは唇を引き結んだ。
低い。
危ない。
それでも、明日は来る。
「明日、私を見るなら、最後まで見て」
レイナの声は、命令ではなかった。
頼みでもない。
逃げ道だけを、まっすぐ塞ぐ声だった。
ユウマは頷く。
「見ます」
喉が乾いていた。
それでも、声は出た。
「勝たせるって言ったので」
天井のカメラが、赤いランプを灯している。
その向こうで、誰が見ているのかは分からない。
訓練場の端にある小さなモニターに、誰も触れていない警告表示が一瞬だけ浮かんだ。
《ペアスキル波形:未登録パターン》
《解析保留》
表示は三秒で消えた。
だがユウマの視界には、消えたはずの白い線だけが、まだ残っていた。
その線は、ダンジョンゲートの向こうへ伸びていた。




