第4話 共同ハウス初夜
共同ハウスは、綺麗すぎた。
広いリビング。大きなソファ。吹き抜けの天井。観葉植物の陰に、黒いカメラ。
どの椅子に座れば顔が明るく映るか。誰の隣なら切り抜かれるか。どの角度なら、失言しても編集で救われるか。
出演者たちは、入った瞬間にそれを測っていた。
最初に動いたのはミナだった。
「じゃあ、初日だし乾杯しよ! 水だけど!」
彼女は人数分のグラスを集め、自然に中央へ立つ。背中でカメラを塞がない位置。全員の顔が入る角度。
「恋も攻略も、生きて帰るのも、全部がんばろー!」
「最後が一番大事だな」
リクが笑って拾う。
「探索者番組だからね。恋で死ぬのは比喩じゃ済まないし」
ミナは明るく言った。
笑いが起きたが、全員が笑いきったわけではない。
ダンジョンでは、番組用の涙も、嘘の好意も、魔物には通じない。
壁のモニターには、さっきの推しペア投票がまだ表示されていた。
《白銀レイナ × 黒瀬ユウマ 八%》
ユウマはその数字を見て、視線を落とした。
八%。
低いのはシンクロ率だけではなかった。
「八%あるなら多い方じゃない?」
ノアが突然言った。
ユウマは顔を上げる。
「え?」
「だって、レイナ目当ての人が黒瀬くんを許せない票を引いたら、本当はもっと低くてもおかしくないし」
「それ、慰めですか」
「分析」
「余計きついです」
「でも、ちょっと気になるって人はいるでしょ。最弱が最強に選ばれるの、嫌いな人ばっかじゃないし」
ノアはグラスを揺らした。
「まあ、私はまだ推してないけど」
ミナがすぐに入ってくる。
「じゃあミナは推しペア一位として、ちゃんと期待に応えないとね。カイトくん、映える攻略しよう」
カイトは笑う。
「映えるだけじゃなくて、生還もしよう」
「そこ一番大事!」
明るい会話。
けれどユウマの視線は、自然に出演者たちの足元へ落ちていた。
カイトは入口側を空けている。何かあれば前に出る癖。
ミナは常に画面中央に戻れる位置。
ノアは足を組んでいるが、つま先は出口を向いている。
二階堂はサヤの斜め隣。親切に見えて、カメラにも一番綺麗に映る場所。
アリスは、誰の隣でもない場所にいる。全員を見られて、誰からも見られすぎない位置。
見たくて見ているわけではない。
見ないでいる方が難しかった。
「黒瀬くん」
ノアがこちらを向いた。
「はい」
「地味なのに、女の子の一番見られたくないところ見そう」
空気が一拍止まる。
ミナが「ノアちゃん、初日から刺すねー」と笑って流そうとする。
ユウマは否定しようとして、できなかった。
心が読めるわけじゃない。
誰が誰を好きかも、誰が嘘をついているかも分からない。
ただ、動きのズレが見える。スキルがつながる直前に乱れる線が見える。言葉と呼吸が噛み合わない瞬間が見える。
それはたぶん、見られたくないところだ。
「……気をつけます」
ユウマが答えると、ノアは少し目を細めた。
「否定しないんだ」
「できなかったので」
「そこはちょっと好感度上がる。ちょっとだけ」
リクが手を叩く。
「黒瀬、ノア様から小数点以下の好感度もらったぞ!」
「一未満ですか」
「聞き返すところ、強いな」
笑いが戻る。
その後、アリスがユウマの隣に来た。
「黒瀬さん、疲れていませんか?」
声は穏やかだった。近づき方も、視線の置き方も、完璧に優しい。
「大丈夫です」
「初日は、見られているだけで疲れますよね」
「……そうですね」
「無理に話さなくてもいいと思います。話したくなったら、その時で」
アリスはそれ以上踏み込まない。
優しい。
誰が見ても、そう思う距離だった。
けれどユウマには、彼女の動きが滑らかすぎるように見えた。近づく時も、離れる時も、相手に残す印象まで計算されているみたいだった。
視線を外すと、サヤと目が合った。
サヤは何か言いたそうに口を開き、すぐ閉じる。
「あ……」
小さな声は、リクの笑い声にかき消された。
ユウマは一歩近づこうとして、止まる。
踏み込みすぎれば怖がらせるかもしれない。見ているだけなら、傷つけずに済む。
「また、半歩後ろ」
背後から声がした。
レイナだった。
ユウマは振り返る。
「すみません」
「謝ることじゃない。あなたはずっと、全員の足運びと装備を見てる」
「癖です」
「荷物持ちの?」
「迷惑をかけないための」
レイナは少し黙った。
リビングの中心では、ミナが場を回し、リクが笑いを足し、ノアが毒を混ぜている。華やかで、よくできた初日の夜だった。
その外側で、レイナはユウマを見ていた。
「私のことも?」
ユウマは答えに詰まる。
見ていた。
踏み込みの直前で切れる線を。
「……見えてしまっただけです」
「なら、明日は目をそらさないで」
レイナはそれだけ言って、リビングの中心へ戻っていく。
ユウマは、自分の立っている位置を見下ろした。
たしかに、半歩だけ後ろだった。




