第44話 サヤとアリスの反撃
控室へ続くスタッフ導線では、警告灯が赤く回っていた。
告白ダンジョンの演出負荷で、配信用ドローンの一部が制御を乱し、廊下の壁にぶつかった。スタッフが一人、額を切って座り込んでいる。
「動かないでください」
サヤは膝をついた。
治癒杖の光が、細く広がる。
額を切ったスタッフは、血で滑る指でまだ端末を握ろうとしていた。画面には、告白ダンジョン内部の警告が流れ続けている。
「ログを、送らないと……」
「今は、あなたが倒れないでください」
サヤはその手から端末をそっと外した。
その時、壁のモニターに告白ダンジョン内部の警告が走った。
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《接続負荷、増大》
《治癒待機推奨》
サヤの治癒線が、一瞬だけそちらへ伸びかけた。
黒瀬さん。
名前が胸の奥で跳ねる。
けれど、目の前ではスタッフが額を押さえ、指の間から血を流していた。隣では、ドローン整備員が手首を押さえている。奥の控室では、リクが倒れた機材に肩を打っていた。
昔なら、ユウマの名前だけを探していた。
今は違う。
目の前に血を流している人がいる。
怖がっている人がいる。
助けたいと思った。
「久遠さん、そっちは救護班が――」
「足りていません」
サヤは顔を上げた。
声は小さい。
けれど、引かなかった。
「私は、助けたい人を自分で選びます」
治癒線が、床を静かに広がっていく。
負傷したスタッフへ。
倒れたドローン整備員へ。
過呼吸を起こした補助スタッフへ。
控室で腕を押さえているリクへ。
そして、途切れないように、告白ダンジョンの入口へ細く残す。
「黒瀬さんだけじゃない」
サヤは自分に言うように続けた。
「でも、黒瀬さんも、見捨てない」
同じ頃、告白ダンジョンの内部では、細い道がさらに狭くなっていた。
壁の花が黒く染まり、過去の声が二人の背中を押す。
《最短告白ルート、再接続》
《感情誘導、継続》
《接続負荷、増大》
レイナは剣を構えたまま、ユウマの半歩前に出る。
「まだ来るわ」
「はい。右の壁から線が伸びています」
「見えてる」
白い蔦が床下から再び伸びた。
レイナは斬った。
だが、今度は斬った端から細い根が残り、ユウマの靴底を掴もうとする。
ユウマは一歩、遅らせた。
最短ではない。
けれど、レイナの剣が届く位置だった。
刃が落ちる。
黒い根がほどけ、床に焦げ跡だけが残った。
《シンクロ率 五十六%》
《ペアスキル波形:不安定》
《強制固定準備、待機》
数字だけが、まだ上がっている。
安全ではないまま。
アリスはスタッフ導線の奥にいた。
白い壁。
端末ロック。
監視カメラ。
以前、久我山の指示を受けるために通った廊下だった。
彼女は万能ではない。
全部のシステムを壊せるわけでも、告白ダンジョンを止められるわけでもない。
ただ、どこに穴があるかは知っていた。
自分が入るために、番組側が開けた穴だ。
《スタッフ補助端末》
《神楽アリス:旧権限、制限中》
「制限中、ですよね」
アリスは小さく笑った。
許されたい笑みではなかった。
指先は震えている。
それでも、止まらない。
「私が開けた穴です。私が塞ぎます」
過去に受けた指示ログ。
未公開素材の編集指示。
告白ダンジョンの感情誘導演出データ。
すべてが一度に取れるわけではない。
《権限残存時間:二分》
アリスは唇を噛んだ。
取れる量は少ない。
自分に都合の悪いログを避ければ、久我山の名前だけを出すこともできる。
けれど、それではまた、番組と同じことをする。
アリスは三つに絞った。
久我山の指示ログ。
警告非表示の編集指示。
感情誘導演出データ。
そこには、自分の名前も入っている。
これを出せば、また燃える。
許されるために動いたのだと、言われる。
今さら被害者ぶるなと、言われる。
それでも、出さなければ、自分がつけた傷だけが番組に使われ続ける。
《久我山トオル:指示ログ》
《黒瀬ユウマの防衛反応を誘発》
《白銀レイナの踏み込み停止記録を使用》
《編集指示》
《公式配信では警告表示を非表示》
《シンクロ率上昇を強調》
《シンクロ率誘導》
《感情素材投入タイミング:中層到達時》
《ペアスキル不安定化許容値、上限更新》
《脱落誘導》
《橘ノア発言、演出素材化》
《神楽アリス内通告白、黒瀬ユウマへの揺さぶり素材として使用》
《感情誘導演出データ》
《炎上コメント抽出》
《未公開音声合成》
《過去攻略音声、類似波形再構成》
アリスの顔から血の気が引いた。
自分の罪も、そこに入っている。
騙したこと。
近づいたこと。
傷つけたこと。
全部、素材として並んでいる。
《権限遮断まで:十秒》
彼女はそのファイルを、ミナへ送った。
《桃瀬ミナへ転送》
《送信完了》
数秒後、ミナの配信画面が切り替わった。
「今、神楽アリスさんからデータが届きました」
【アリス!?】
【信用できるのか】
【でもログ本物っぽい】
【久我山の名前出てる】
【自分の内通ログも出してるぞ】
ミナは息を呑んだ。
それでも、公開した。
《久我山トオル:指示ログ》
《公式配信では警告表示を非表示》
《感情素材投入タイミング:中層到達時》
コメント欄の流れが変わった。
【これアウトだろ】
【探索者協会に投げろ】
【番組止めろ】
【アリスの罪は消えないけどこれは出して正解】
【久我山、説明しろ】
編集室では、スタッフが青ざめていた。
「久我山さん、ミナさんの配信で内部ログが出ています。スポンサーも見ています。中断判断を――」
久我山は、画面を見ていた。
怒ってはいない。
炎上の数字。
ミナ配信の同接。
公式配信の告白待機数。
全部を同じ熱量として見ている。
「批判も含めて番組だ。彼らは今、本物を見ている」
「ですが――」
「止めない」
久我山の声は静かだった。
彼は手元の端末に触れた。
《感情誘導演出、再配列》
《未公開音声:白銀レイナ》
《炎上コメント:黒瀬ユウマ》
《同期再生》
「見たいものを増やそう」
告白ダンジョン内部で、床の花びらが黒く染まる。
《進行継続》
《最奥ステージ、開放》
《感情誘導演出、最終段階へ移行》
《ペアスキル波形:強制固定準備》
《接続解除不能、警告》
外では批判が広がっていた。
それでも、ユウマとレイナの足元の道は閉じず、白い告白ステージへ向かって伸び続けていた。




