第40話 レイナの選択
《最終ペア選択まで、残り三十分》
《桃瀬ミナ 黒瀬ユウマへの指名を放棄》
《久遠サヤ 黒瀬ユウマへの指名を辞退》
《神楽アリス 指名拒否》
《白銀レイナ 指名待機中》
《黒瀬ユウマ 未選択》
【残った】
【いや残ったって言い方違うだろ】
【ユウレイしかない】
【黒瀬、逃げるな】
訓練場の照明は、いつもより少し暗かった。
床には白い線が引かれている。
第一区画の模擬動線。
第三区画の踏み込み位置。
第十二隔壁で、ユウマが火壁の前に入った位置。
剣が空気を切る音がした。
レイナは一人で素振りをしていた。
ドローンは遠い。訓練場の端で、赤いランプだけが点いている。番組はここも撮っている。けれど、リビングほど近くはなかった。
「来たのね」
「呼ばれたので」
レイナは剣を下ろした。
鞘に収める音が、短く響く。
「最終ペア選択、もう始まってるわ」
「はい」
「ミナも、サヤも、アリスも、自分で選んだ」
ユウマは頷いた。
「見てました」
「私は、少し怖かった」
その言葉は、訓練場の床に静かに落ちた。
「三人が黒瀬を選んだら、あなたはどうするのか。三人が選ばなかったら、あなたは楽になるのか。どちらも、見たくなかった」
レイナは真っすぐユウマを見る。
「でも、見た」
白い線が、レイナの足元から伸びている。
第二区画の最後の一歩で切れた線。
怖くないと言った瞬間にねじれた線。
第十二隔壁で、ユウマが前に出た時、もう一度つながった線。
今、その線は震えていた。
けれど、切れていない。
「私は、あなたが必要。戦力としてだけじゃない」
ユウマは答えに詰まった。
戦力として必要。
その言葉なら、何度も聞いた。
その外側に踏み込まれると、どう返せばいいか分からなかった。
レイナは一歩近づく。
「あなたが見る私は、怖い。でも、見てほしい」
レイナはユウマの手を取った。
手袋越しでも、指の力が分かった。
「あなたは、私の恐怖を見た。だから今度は、私があなたの逃げているところを見る」
ユウマは息を止めた。
見るだけだった。
後ろにいれば、誰かを傷つけずに済むと思っていた。
選ばれたいと言いながら、危険に晒したくないという言葉で逃げた。
ノアの声が蘇る。
見えてるなら言いなよ。
レイナの声も。
なら、次は選んで。言い訳なしで。
「私は、あなたに選ばれたい。でも、選べないなら、それも見る」
逃げ道を塞ぐ声だった。
でも、責める声ではなかった。
ユウマはレイナの手を見た。
剣を握る手。
怖いまま前へ出た手。
選べない弱さまで見ると言った手。
ユウマは顔を上げた。
「白銀さん。俺は、あなたと隣に立ちたい。あなたに選ばれたいし、俺もあなたを選びたい」
訓練場の音が消えた。
コメント欄も、羽音も、モニターの効果音も、一瞬だけ遠くなる。
レイナは目を逸らさなかった。
それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「遅い」
「すみません」
「でも、聞いた」
レイナは手を離さないまま、訓練場の扉へ向かった。
「行くわよ」
「どこへ」
「公開選択会場」
扉が開く。
リビング中央には、すでに測定円が展開されていた。
ミナがソファの背にもたれている。サヤが医務室側の廊下に立っている。アリスはスタッフ導線の入口近くで端末を握っている。カイトもガクも、モニターの前にいた。
全員が見ていた。
カイトがモニターを見上げた。
「この指名、本当に自由意思として処理されるのか」
誰も答えなかった。
画面だけが、淡々と表示を変えた。
《最終ペア選択》
《公開指名、開始》
《白銀レイナ 黒瀬ユウマを指名》
【レイナ様先に入れてた】
【もう泣く】
【黒瀬、言え】
【全員見てるぞ】
ユウマの端末に、指名画面が表示される。
《黒瀬ユウマ》
《最終ペア指名対象を選択してください》
ミナは笑っていた。
サヤは祈るように手を握っていた。
アリスは端末から顔を上げていた。
その全員を見て、それでもユウマは、レイナの隣へ進む線を選んだ。
逃げない。
ユウマは、端末を押した。
《黒瀬ユウマ 白銀レイナを指名》
《相互指名成立》
《最終ペア決定》
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
【きたああああ】
【ユウレイ確定】
【黒瀬が選んだ】
【ミナもサヤもアリスも見てるのやばい】
測定円が青く光った。
粒子は派手に跳ねなかった。
金色の演出もない。
ただ、二人の足元から伸びる線が、静かに重なる。
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《シンクロ率 三十六%》
《接続:安定》
《ペアスキル波形:一歩先の剣路/安定》
【低くない?】
【最終ペアで三十六%?】
【でも接続安定って出てる】
【探索者勢、これやばくね?】
【波形が全然揺れてない】
ユウマには見えていた。
これまでで一番静かな線だった。
レイナの剣先へ伸びる白い線。
ユウマの足元から、半歩後ろではなく、隣へ伸びる線。
レイナの剣路は、ユウマの足元を追い越さなかった。
隣から、同じ速度で前へ伸びていた。
強く光るわけではない。
けれど、途中で切れない。
レイナは手を離さなかった。
「告白ダンジョン、行くわよ」
「はい」
「見るだけじゃなくて?」
ユウマは頷いた。
「隣に立ちます」
モニターが暗転する。
次の告知だけが、白く浮かび上がった。
《告白ダンジョン》
《開門まで残り十二時間》
続いて、もう一つの表示が出た。
《演出素材、最終同期中》
《未公開音声:白銀レイナ》
《未公開ログ:黒瀬ユウマ》
《脱落者音声:橘ノア》
《内通者ログ:神楽アリス》
《炎上コメント抽出:完了》
《使用許諾:番組規約第十二条により承認済》
ミナが立ち上がった。
サヤが息を呑んだ。
アリスの顔から血の気が引いた。
レイナの手に、力が入る。
ユウマの視界で、告白ダンジョンへ伸びる黒い線が、二人の足元に触れた。
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ専用演出、生成開始》
《告白ダンジョン》
《開門まで残り十二時間》




