第39話 アリスの選択
《緊急投票結果》
《神楽アリス、出演継続》
《賛成 五十二%》
《反対 四十八%》
《番組判断:安全確認の上、出演継続》
【安全確認って何】
【番組が残しただけだろ】
【でも久我山の証拠は持ってそう】
神楽アリスは、スタッフ導線に近い空き部屋にいた。
扉の外には白い廊下がある。昨日、彼女が退避扉を開けた場所と同じ匂いがした。消毒液と、機械の熱と、まだ拭き取れていない罪の匂い。
ユウマが入ると、アリスは立ち上がった。
白いブラウスの袖口に、小さな擦り傷が残っている。
「来てくださって、ありがとうございます」
「話があると聞いたので」
アリスは頭を下げた。
深かった。
「私は、あなたを騙しました」
ユウマは、その言葉を受け止めた。
昨日、アリスは助けた。
それは事実だ。
けれど、近づいた線も、落とす線も、カメラへ伸びた線も、全部あった。
「でも、最後は助けてくれた」
ユウマが言うと、アリスは首を振った。
「それで帳消しにはならない」
返事は早かった。
許されたい線と、許されたくない線。
昨日見えた矛盾は、まだ彼女の足元に残っている。だが今は、その一本がスタッフ導線の奥へ伸びていた。
「黒瀬さんに優しくされて終わりたくありません。あなたが許すと言えば、視聴者は一部、納得するかもしれない。番組も、それを使えます」
「俺は、許すとは言ってません」
「はい」
アリスは、少しだけ息を吐いた。
安心ではない。
覚悟を置き直す息だった。
「黒瀬さん。私を選ばなくていい。でも、私は番組の罪を暴きます」
机の上に、タブレットが置かれていた。
表示されているのは、番組スタッフ用の簡易進行表だった。大部分は黒塗りになっている。だが、いくつかの単語だけが残っていた。
《告白ダンジョン》
《感情誘導素材》
《未公開音声》
《炎上コメント抽出》
《脱落投票演出》
《シンクロ上昇補助》
ミナの端末も置かれている。
保存ログの一覧が、時刻順に並んでいた。
《第三区画:桃瀬ミナ未公開ノート映像》
《第九区画:久遠サヤ治癒判断ログ》
《第十二隔壁:白銀レイナ恐怖音声》
《神楽アリス:内通告白素材》
《橘ノア:脱落前コメント》
ユウマの視界で、線がつながる。
告白ダンジョンの演出素材へ。
壁面投影へ。
シンクロ波形へ。
出演者の足元を崩す場所へ。
「これ、明日の攻略中に使う気ですね」
「たぶん」
アリスは正直に言った。
「まだ証拠にはなりません。でも、手がかりにはなります。久我山さんは、出演者の感情を番組素材として扱っています。告白ダンジョンでは、もっと直接的に使う」
扉の外を、スタッフの足音が通り過ぎた。
アリスは声を落とす。
「私は、番組の中に入るために、あなたを利用しました。だから今度は、番組の中にいたことを使います」
「俺も見ます」
アリスが目を上げる。
「線がどこにつながっているか。攻略に必要なものか、壊すためのものか。それは、俺が見ます」
ユウマは、許すとは言わなかった。
ただ、今選んだ行動を見ることにした。
アリスは端末を操作する。
《神楽アリス、指名入力中》
【ここで黒瀬指名?】
【いやアリスは別件で動け】
【許されようとするな】
アリスは画面を見つめた。
そこには、黒瀬ユウマの名前があった。
アリスの指が、一瞬だけ近づく。
それから、止まった。
彼女はほんの少しだけ、ユウマを見た。
許されたい。
許されたくない。
その両方を残したまま、指名欄を空白で閉じた。
《神楽アリス》
《指名拒否》
《スタッフ導線ログへ接触》
【拒否って出すなよ】
【番組側、完全に敵視した】
【これ止めに来るぞ】
アリスはドアを開け、スタッフ導線の方へ一歩進んだ。
最終ペアから降りるためではない。
別の攻略に入るためだった。
《警告》
《スタッフ導線ログへの外部アクセスを検知》




