第38話 サヤの選択
《最終ペア選択まで、残り五時間》
《桃瀬ミナ 黒瀬ユウマへの指名を放棄》
《久遠サヤ 指名待機中》
《白銀レイナ 指名待機中》
《黒瀬ユウマ 未選択》
【サヤユウ残ってる】
【守りたい子が守る側になるの好き】
【サヤちゃんは選ぶの?】
夜の医務室前は、共同ハウスの中で一番静かだった。
リビングでは最終ペア予想が流れている。けれど、廊下にはその音が少し遅れて届く。
ユウマが通りかかると、医務室の扉が少し開いた。
久遠サヤが立っていた。
両手で封筒を握っている。
「あの……黒瀬さん」
「久遠さん」
「これ、読んでください」
封筒には、丁寧な字で黒瀬さんへと書かれていた。
便箋は一枚だけだった。
《黒瀬さんへ》
《私は言葉にすると、途中で分からなくなります》
《だから、先に書きます》
《黒瀬さんが炎上していた時、食事を残したのは、かわいそうだからだけではありません》
《私がそうしたかったからです》
《第九区画で、ガクさんを治した時、私は初めて、自分で助ける相手を選びました》
《怖かったです》
《でも、あの時のことは、後悔していません》
ユウマは顔を上げた。
サヤは泣きそうだった。
けれど、泣いて終わらせる顔ではなかった。
「私は、黒瀬さんに選ばれなくてもいいです。でも、私が黒瀬さんを守りたいと思ったことだけは、嘘にしたくないです」
ユウマは何も言えなくなった。
その時、医務室の奥から小さな音がした。
ガクがベッドの上で体を起こしていた。
「悪い。聞くつもりじゃなかった」
サヤは慌てて振り向く。
「堂島さん、まだ安静です」
「分かってるよ」
ガクは頭を掻き、気まずそうに目を逸らした。
「でも、お前に治してもらったのは、事実だからな」
サヤの肩が、少しだけ震えた。
ユウマには見えていた。
サヤの治癒線は、ユウマ一人に集まっていない。
医務室のベッドへ。
廊下へ。
リビングへ。
ガクへ。
これから怪我をするかもしれない、まだ名前のない誰かへ。
静かに広がっている。
「でも今は、黒瀬さんだけじゃなくて、助けたい人を自分で選べるようになりたいです」
サヤは、声に出して続けた。
「黒瀬さんを守りたいです。それは本当です。でも、それだけにしたら、私はまた、目の前で倒れている人を見られなくなるかもしれません」
小さな声だった。
けれど、逃げる声ではなかった。
廊下の向こうに、レイナが立っていた。
サヤは気づいて、少しだけ緊張する。
レイナは短く言った。
「明日、黒瀬が無茶をしたら止めて」
サヤが瞬きをする。
「……はい」
「私も止める。でも、あなたの手が必要な時がある」
サヤは、泣きそうな顔で笑った。
「はい」
リビングのモニターが更新音を鳴らす。
《久遠サヤ、指名入力中》
【サヤちゃん!?】
【黒瀬いく?】
【頼む泣かないで】
サヤは端末を見た。
指先は震えていた。
画面には、黒瀬ユウマの名前が表示されている。
守りたい。
それは、嘘ではない。
サヤはその名前を、長く見つめた。
それから、自分で消した。
《久遠サヤ》
《黒瀬ユウマへの指名を辞退》
【守りたいは消してない】
【サヤあああ】
【治癒職として行くんだ】
サヤはユウマに向き直る。
「黒瀬さん」
「はい」
「明日、怪我をしたら、ちゃんと呼んでください。選ばれなくても、治します」
ユウマは迷わず頷いた。
「お願いします」
サヤは封筒を手放した両手を、胸の前で握った。
守りたい。
その気持ちは消えない。
ただ、その線はもう、ユウマだけを縛るものではなかった。
《演出素材同期》
《久遠サヤ:治癒判断ログ、抽出完了》




