第37話 ミナの選択
《最終ペア選択まで、残り八時間》
《指名権、各出演者に順次付与》
《白銀レイナ 指名待機中》
《桃瀬ミナ 指名待機中》
《久遠サヤ 指名待機中》
《神楽アリス 出演継続投票中》
《黒瀬ユウマ 未選択》
【ミナユウまだある?】
【レイナ様本命だろ】
【ミナちゃんがどう動くか見たい】
ミナはユウマを屋上に呼び出した。
ただし、いつものように配信映えする中央ではない。
上がってすぐ、彼女はカメラの位置を三つ確認した。手すりの角度を見て、ドローンの巡回を待ち、給水タンクの影へ入る。
「ここ、完全な死角じゃないけど、マイクが遠い」
「慣れてますね」
「配信者だからね」
ミナは笑った。
いつもの笑顔だった。
けれど、作り方が少し違った。
「私はたぶん、最初は黒瀬くんを利用してた」
ユウマは否定しなかった。
頷いた。
ミナは目を丸くして、それから苦笑した。
「そこ、優しく否定してくれないんだ」
「嘘を言うところじゃないと思ったので」
「そういうとこだよ」
風が、ミナのリボンを揺らした。
「第二回ペア選択の時、ミナ、投票見てから黒瀬くんの前に行った。バズると思った。レイナちゃんから取ったら、絶対切り抜かれると思った」
明るい声だった。
でも、軽くはなかった。
「で、実際伸びた。ミナユウ派もできた。悪くないって思った」
足元の線は、まだ数字に伸びている。
コメント欄へ。ランキングへ。ドローンへ。
けれど、以前と違って、それはまっすぐではなかった。
途中で曲がり、ミナの手元のノートへ戻ろうとしている。
「でも、今は利用できなくなった。数字を見るたびに、黒瀬くんがどう思うか考える」
ミナは、可愛く笑った。
そして、可愛いだけでは終わらせなかった。
「これ、たぶん好意なんだと思う。黒瀬くんに見てほしいし、選ばれたら嬉しいと思う」
カメラに映るなら、ここで涙を作ればいい。
黙れば、コメント欄が勝手に盛り上がる。
けれどミナは、言葉を続けた。
「でも、それを番組の勝ち負けに使わせたら、私、また戻る。伸びるなら使うって、ノートに書いた時の私に」
ミナはポーチからノートを出した。
配信ノート。
ページには、サムネ案、導線、コメント傾向、企画名が並んでいる。その中に、黒い線で消された言葉があった。
《伸びるなら使う》
その下に、新しい文字。
《出演者を消費しない番組。探索者がちゃんと自分の言葉で話せる場所》
「私は、誰かに選ばれる配信者じゃなくて、自分で番組を作る側になる」
ユウマはノートを見た。
綺麗事だけではなかった。
数字もある。演出もある。伸ばし方もある。
ミナはこれからもカメラを見る。
でも、その中心に、人を壊して数字にする線はなかった。
屋上の入口で、足音が止まった。
レイナだった。
少しだけ離れた場所で、二人を見ている。聞こえているかどうか分からない距離だった。
ミナはそちらを一瞬だけ見て、苦笑した。
「レイナちゃん、強いよね」
「はい」
「でも、強い人だって不安になるよね」
ユウマは答えられなかった。
ミナはノートを閉じる。
「黒瀬くん」
「はい」
「私、黒瀬くんのこと、たぶん好きだよ」
その言い方は、配信者の告白ではなかった。
数字を取りに行く声でもなかった。
「でも、だからこそ、久我山さんの最終ペア争いに置かない」
ミナは一歩、カメラに映る位置へ戻った。
《桃瀬ミナ、指名入力中》
【え】
【黒瀬行く?】
【ミナユウくる?】
ミナは端末を操作した。
指先が、黒瀬ユウマの名前の上で一度だけ止まった。
止まって、震えて、それでも離れた。
「だから私は、最終ペアにはならない」
《桃瀬ミナ》
《黒瀬ユウマへの指名を放棄》
【放棄って言い方よ】
【ミナあああ】
【番組に消費されない宣言じゃん】
ユウマの視界で、ミナの線がカメラから少し離れた。
代わりに、ノートへ。
ミナ自身の手へ。
静かに戻っていった。
《演出素材同期》
《桃瀬ミナ:未公開ノート映像、抽出完了》




