第36話 炎上後の共同ハウス
《次回》
《最終ペア選択、予定通り実施》
夜が明けても、その文字は共同ハウスのモニターに残っていた。
誰も、恋の告知として見ていなかった。
《緊急投票》
《神楽アリスの出演継続可否、投票中》
《一番信じたい人 一位 黒瀬ユウマ》
《一番許せない人 一位 神楽アリス》
《一番説明してほしい人 一位 久我山トオル》
【アリス降ろせ】
【いや番組側が出てこい】
【黒瀬大丈夫か】
【恋リアじゃねえだろ】
【でも見るのやめられないの最悪】
リビングの空気は、これまでで一番重かった。
ミナはタブレットを膝に置き、保存済みログの数を確認している。サヤは医務室の方を何度も見た。カイトは腕を組んだまま、番組側の説明画面だけを睨んでいる。ガクはソファの背に拳を置き、ずっと貧乏揺すりをしていた。
《探索者協会、安全確認を要請》
《スポンサー三社、番組側へ説明要求》
《公式タグ:説明しろ久我山 急上昇一位》
「出演者の中に番組側の人間を混ぜていた。そこを説明しないまま進める気か」
カイトの声は低かった。
「進めるんだろ」
ガクが吐き捨てる。
「数字、出てるからな」
その時、モニターが白く切り替わった。
《番組プロデューサー》
《久我山トオルより、視聴者の皆様へ》
久我山は、深く頭を下げた。
「昨夜の配信において、出演者の皆様、視聴者の皆様に大きな不安を与えたことを、番組責任者としてお詫び申し上げます」
声は丁寧だった。
謝罪文も、よく整っていた。
「神楽アリスさんの出演経緯については、現在、内部確認を進めております。安全管理体制についても、再度見直しを行います」
【内部確認じゃなくて外部入れろ】
【謝り方うまいな】
【止めるって言わないの怖い】
【久我山出てきたぞ】
久我山は顔を上げた。
「ですが、出演者の皆様は、ここまで自分の言葉で選択を重ねてきました。その歩みを、番組側の都合で一方的に止めることは、彼らの選択を奪うことにもなります」
ミナが小さく笑った。
「言い方、ほんと上手」
レイナは笑わなかった。
剣の柄に触れた指だけが、少し動いた。
久我山の背後に、金色のロゴが浮かび上がる。
《最終企画:告白ダンジョン》
《最終ペアに選ばれた二人が、ダンジョン最奥で告白》
《シンクロ率が規定値を超えた場合、番組史上最高のペアスキルが発動》
華やかな音楽が流れた。
白いゲート。花びらのような光。過去のペア攻略映像。レイナの剣。ミナの炎。サヤの治癒光。アリスの微笑み。
《恋をしたら強くなる》
《嘘の恋なら、死ぬ》
《最後に本音を告げるのは、誰と誰か》
【最終回企画きた】
【この状況で告白!?】
【ユウレイ行け】
【サヤユウもまだある】
【黒アリは荒れるぞ】
説明映像の途中で、画面が一瞬だけ乱れた。
《告白ダンジョン試験映像》
《被験ペア:非公開》
《シンクロ率 四十一%》
《接続:不安定》
《感情誘導素材、挿入》
砂嵐のようなノイズ。
誰かの笑い声。
未公開映像のタグ。
脱落投票の数字。
炎上コメントの抽出枠。
告白音声を切り取った波形。
それらが、ダンジョンの壁面演出へ細く接続されていく。
ユウマには、線が見えた。
攻略補助へ伸びる線ではない。
踏み込みを支える線でも、発動条件を整える線でもない。
感情を揺らし、接続を乱し、シンクロだけを無理に跳ねさせる線。
「これ、最奥まで行く途中で流す気だ」
ミナの声が硬くなった。
「未公開、コメント、脱落投票、告白音声。全部、感情を揺らす素材にしてる」
サヤは「告白」という文字に顔を伏せかけた。
けれどすぐ、試験映像の《接続:不安定》を見る。
「攻略中に、そんなものを見せられたら……」
「足が止まる」
カイトが言った。
ガクが拳を握る。
「止まるだけで済むかよ」
レイナは静かにユウマを見た。
その視線には、問いがあった。
見るだけで終わるのか。
ユウマは、画面から目を逸らさなかった。
「最終ペア選択には出ます」
自分の声が、リビングに落ちた。
ミナも、サヤも、レイナも、カイトもガクも、ユウマを見た。
「でも、これは恋の企画じゃない。感情を壊すための攻略です。俺は、それを見ます」
モニターの中で、久我山が微笑んだ。
《最終ペア選択》
《本日二十時、公開指名開始》
告白ダンジョンへ伸びる黒い線が、静かに揺れていた。




