第34話 矛盾シンクロ暴走
《低層・第十三分岐廊》
《環境特性:視界遮断霧》
《罠床、遮断扉、多重分岐あり》
《推奨:索敵スキルによる安全経路選択》
第十三分岐廊は、恋リア向きのダンジョンではなかった。
通路は三本に分かれ、霧が腰の高さまで流れている。床石には薄い刻印。踏めば沈む罠床と、踏んでも何も起きない安全床が、同じ顔で並んでいた。
配信用ドローンは上空を進む。だが霧の濃い場所では、映像が乱れる。
死角がある。
「私が先に見ます」
アリスが右手を上げた。
淡い光の糸が指先から通路へ広がる。索敵スキル。魔物の位置、罠の反応、扉の落下条件を細い線で拾う。
《神楽アリス:索敵展開》
《安全経路、検索中》
【アリスのスキル綺麗】
【でもこのペア怖い】
【白証拠出るか黒証拠出るか】
ユウマはその光を見ていた。
右の通路は魔物が少ない。中央は罠床が多い。左は遮断扉が多いが、奥に退避スペースがある。
霧の中で、関節が逆に折れた四足獣が壁を走っていた。床罠を踏まず、横壁を蹴って移動する。爪が石壁を引っかくたび、近くの罠印が赤く灯った。
床だけ見ても逃げられない。
索敵がなければ、通路そのものに食われる。
アリスは右を選んだ。
「こちらです」
声は落ち着いている。
だが、イヤーモニターの奥へ細い線が伸びた。
「そこで止めろ」
久我山の声が、アリスだけに届く。
「彼が君を疑う絵が欲しい。救護は待機させる。ギリギリまで入れるな」
アリスの喉が、小さく動いた。
「……はい」
曲がり角を二つ越えた時、霧が急に濃くなる。
「黒瀬さん、そこは左端を」
アリスの声に従い、ユウマは一歩ずらす。
その足が乗った床石が沈んだ。
《警告》
《遮断罠、起動》
天井から鉄扉が落ちた。
ユウマとアリスの間に、厚い扉が叩きつけられる。直後、通路奥の床が斜めに沈み、ユウマの体が霧の中へ持っていかれた。
配信用ドローンの映像が乱れる。
《映像信号、不安定》
《救護班、待機》
救護班の一人が動きかけた。
だが、管制室からの赤い停止ランプがそれを止めた。
【待機!?】
【今のアリスの指示?】
【黒証拠すぎる】
【救護入れよ】
【黒瀬どこ行った?】
ユウマは壁の取っ手をつかんで止まった。
足元は落下床。背後には閉じた鉄扉。霧の奥では、壁を走る四足獣の爪音が近づいている。
だが、ユウマは扉の向こうへ声を投げた。
「神楽さん、後ろに三歩。右壁の取っ手を引けば退避扉が開きます」
アリスの息が止まる音がした。
「……どうして」
「さっき通る時、神楽さんの退路だけは確保してました」
扉の向こうで、白い線が揺れた。
助けたい線。
落としたい線。
逃げたい線。
従いたい線。
全部が絡まる。
《シンクロ率 五十二%》
《上昇》
《ペアスキル波形:多重反応拡大》
《警告:発動条件不明》
だが、ペアスキルは発動しない。
接続線は切れていなかった。
切れる代わりに、増えた。
アリスの索敵光が暴れ出す。床に白い線、赤い線、黒い線が同時に走った。
白はユウマを助けるルート。
赤は罠を避けるルート。
黒はユウマを奥へ落とすルート。
どれも正解に見えた。
どれもアリスの中にあった。
「来ないでください! 私、自分がどっちに行かせたいのか分からない!」
叫びは、扉越しに響いた。
【どっちって何】
【助けたいと落としたい?】
【アリスやっぱ黒?】
【でも泣きそうじゃん】
【黒瀬、罠の中だぞ】
ユウマは、扉の下を走る線を見る。
アリスの線を嘘だと決めれば、心配する線が強くなる。
本当だと信じれば、落とす線が太くなる。
どちらかではない。
どちらもある。
霧の奥で四足獣が跳んだ。
同時に、アリスの索敵光が二つのルートを開く。
一つはユウマを助ける道。
一つはユウマを落とす道。
入口は、同じだった。




