第32話 白証拠と黒証拠
《特別二ショット企画》
《追放ざまぁで急上昇した黒瀬ユウマ》
《本音が見えない女、神楽アリスが接近》
番組が用意したのは、ダンジョン都市を見下ろすガラス張りのラウンジだった。
地下街の天井には人工星が埋め込まれ、攻略ゲートの青い輪郭が夜景のように光っている。足元のガラス床の下を、配信用ドローンの誘導灯が流れていく。
恋リアのデートスポットとしては完璧だった。
逃げ場が少ないことを除けば。
「火傷、痛みますか」
アリスはユウマの左腕を見た。
「大丈夫です」
「黒瀬さんは、すぐ大丈夫って言いますね」
責めない声だった。
ただ、逃げ道だけを静かに塞ぐ。
「追放された時も、そう言ったんですか」
「……もう気にしてません」
ユウマは答えた。
アリスは、すぐには頷かなかった。
「気にしていない人は、袖の焦げ跡をそんなに握りません」
ユウマは自分の右手を見た。
いつの間にか、火傷の近くの布を握っていた。
【読まれてるの黒瀬の方では?】
【アリスこわ】
【でも優しい言い方なんだよな】
アリスは、テーブルの上の水をユウマの側へ寄せた。
その手は優しい。
同時に、視線だけが一瞬、ドローンの死角を確認していた。
「黒瀬さんは、見返すために誰かを傷つける人じゃないと思います」
それは、ユウマが欲しかった言葉だった。
荷物持ちじゃなかったんですね。
ちゃんと仕事をしていたんですね。
誰かに、そう言ってほしかった。
アリスは、その空白に迷わず言葉を置いてくる。
ユウマは、すぐに疑うべきだった。
けれど一瞬だけ、胸の奥が軽くなった。
「……今の言葉は」
言ってから、遅いと思った。
アリスが顔を上げる。
「少し、助かりました」
アリスの目が、ほんの一瞬だけ丸くなった。
作った笑みではなかった。嬉しそうで、困ったようで、すぐに消える表情だった。
アリスは、嬉しそうになった自分に気づいたように、唇を結んだ。
次の瞬間には、彼女はまた、番組に映る角度の微笑みに戻っていた。
「私、黒瀬さんのことが、好きなのかもしれません」
告白の形をしていた。
けれど、まだ逃げられる言い方でもあった。
【白証拠:怪我見てる】
【黒証拠:ドローンの死角見た】
【白証拠:今ちょっと素で嬉しそうだった】
【黒証拠:告白の角度が完璧すぎる】
【結論:アリス、白黒じゃなくて縞模様】
ユウマはアリスを見る。
清楚で、静かで、完璧に優しい。
だから怖い。
「神楽さんは、俺のどこを見てそう言ってる?」
アリスの微笑みが、一瞬だけ止まった。
「……どこ、ですか」
「俺は、神楽さんにそんなに話してないです。なのに、欲しい言葉ばかり来る」
ユウマはテーブルの水を見る。
「俺の話を聞いているというより、俺が言われたいことを先に置いてるように見える」
「好き、もですか」
「それもです」
アリスは困ったように笑った。
それすら綺麗だった。
「嘘です。でも、嘘だけじゃありません」
コメント欄が爆発した。
【今なんて?】
【嘘って言った?】
【でも嘘だけじゃない?】
【黒証拠と白証拠が同時に出た】
【アリス分からん】
ユウマには、アリスの線が見えていた。
嘘をつく人間の線は、どこかで歪む。切れる。空洞になる。
アリスは違う。
白い線が、ユウマの怪我へ伸びている。
黒い線が、カメラの死角へ伸びている。
その二つが、同じ根元から出ていた。
未公開映像用のサブドローンが、ガラスの反射を拾う。
そこには、アリスが会話前にドローンの死角を確認する姿が映っていた。
同じ映像の数秒後。
ユウマが「少し助かった」と言った時、アリスの表情が作り物ではない速度で揺れていた。
ユウマは、初めて自分が見られている側だと感じた。
アリスは、こちらがどこで痛むかを知っている。
そして、その痛みを利用することも、心配することも、同じ声でできる。
嘘と本当が、同じ線に乗っていた。




