第31話 アリス接近
《部門別ランキング》
《一番応援したいペア》
《一位 黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《一番本音が見えない人》
《一位 神楽アリス》
《神楽アリスへの個別投票、急増中》
朝のリビングに、その表示だけがまだ残っていた。
昨日まで、黒瀬ユウマは「追放された最弱荷物持ち」だった。
今は違う。
配信用ドローンは、共同ハウスの中心にいるユウマを追っている。スタッフがマイクの位置を直す時も、昨日までより一拍だけ丁寧だった。
《急上昇ワード》
《それが俺の仕事だった》
《黒瀬の指示》
《ユウレイ一位》
《レンの本音》
【黒瀬、普通に有能だった】
【追放ざまぁ回、何回でも見られる】
【ユウレイ派、息吹き返した】
【でもアリス一位も怖い】
【本音見えない一位が動いたら終わるぞ】
ソファの空気が昨日とは違う。
カイトは攻略ログを閉じずに言った。
「黒瀬、昨日の指示、もう一度見返してる。あれ、盾役の位置取りまで読んでたんだな」
ガクは脇腹を押さえながら笑う。
「俺も次から、お前の声はちゃんと聞く。死なねえためにな」
レンはリビングにいなかった。
レイナは窓際で剣を拭いていた。表情は動かない。けれどユウマと目が合った時だけ、手が止まった。
なら、次は選んで。言い訳なしで。
昨日の声が、まだ空気の中に残っている。
《推しペア投票 変動中》
《一位 黒瀬ユウマ × 白銀レイナ 首位維持》
《二位 黒瀬ユウマ × 久遠サヤ》
《三位 黒瀬ユウマ × 桃瀬ミナ》
《伸び率一位 黒瀬ユウマ × 神楽アリス》
【ユウレイ首位なのにアリス急上昇】
【サヤユウ派まだいるぞ】
【ミナユウは考察勢が強い】
【ここでアリスが来たら荒れる】
その時、アリスがカップを置いた。
小さな音だった。けれどドローンが一機、自然に角度を変えた。
「黒瀬さん」
アリスは、近づきすぎない歩幅でユウマの前に来た。
白いブラウス。柔らかい声。困らせない距離。
「今日、少しだけ二人で話せませんか」
【ここで!?】
【アリス動いた】
【タイミング良すぎる】
【黒証拠では】
【いや恋リアなんだから誘うだろ】
ミナの目が、笑顔の奥で細くなった。
「アリスちゃん、カメラの入り方うまいね」
「そうですか?」
「うん。黒瀬くん、レイナちゃん、ランキング表示。全部まとめて入ってる」
アリスは少しだけ首を傾げた。
「偶然です」
偶然に見えた。
偶然に見えるように立っているようにも見えた。
サヤはアリスとユウマを見比べる。悪い人です、と言い切れる顔ではない。けれど、いい人です、と言うには、何かが遠い。
レイナは何も言わない。
止めれば、ユウマはまた誰かの後ろに下がる。そう分かっているから、レイナは止めなかった。
ただ、ユウマの返事を見ている。
逃げるのか。
選ぶのか。
その目だった。
アリスはまっすぐユウマを見る。
「私は、黒瀬さんのこと、もっと知りたいです」
《緊急二ショット》
《黒瀬ユウマ × 神楽アリス》
《本音が見えない女は、何を語るのか》
【アリス黒説きた】
【でもこの顔は強い】
【ユウレイ派、荒れるぞ】
【レイナ様が無言なの怖い】
ユウマは、アリスの足元を見た。
線は伸びている。
近づく線。カメラへ向かう線。ユウマの焦げた袖へ落ちる線。さらに、天井のどこかへ消える細い線。
どれも切れていない。
「……分かりました」
ユウマが答えると、アリスは小さく微笑んだ。
同じ頃、共同ハウスの裏導線で、アリスのイヤーモニターに低い声が届いた。
「次で告白しろ。黒瀬を勘違いさせろ」
久我山トオルの声だった。
「中途半端な同情はいらない。彼が君を信じた絵が欲しい」
アリスは足を止めない。
「……はい」
「契約違反になれば、違約金は君の保証人にまで行く。分かっているね」
アリスの指先が、ほんの一瞬だけ白くなる。
「分かりました」
声は、少しだけ揺れていた。
その直後だった。
ユウマが廊下を通った時、壁際の棚に医療キットが置かれていることに気づいた。
救護班用ではない。火傷処置のパックと、交換用の包帯。昨日、左腕をかすめた火線にちょうど合う。
そこはドローンの巡回角度から外れていた。
曲がり角の先で、アリスの白い袖が一瞬だけ消える。
命令に従う女。
火傷を気にする女。
どちらの線も、同じ場所から伸びていた。




