第29話 見下した男の指揮下へ
熱殻獣が、壁から角を抜いた。
砕けた鉱脈が床に散り、赤く燃えている。通路は右側が火壁、左側が崩落しかけた壁。逃げ道は中央の細い線だけだった。
ユウマには、その線が見えていた。
通れる場所。
炎を撃ってはいけない壁。
レイナの剣が届く半歩。
レンが踏むと死ぬ床。
「炎を撃つな」
ユウマの声が通路に落ちた。
レンが歯を食いしばる。
「俺の火力なしで止まる相手じゃない」
「左壁に当てるな。白銀さんの退路が消える」
「黙れ」
「前じゃない。斜め後ろ」
熱殻獣が床を蹴った。
レンは前へ出ようとした。
出れば、角の軌道に入る。
「獅堂、斜め後ろ!」
レンは舌打ちした。
それでも、動いた。
角が空を切り、熱殻獣の重心がわずかに崩れる。
「白銀さん、半歩待って」
レイナは剣を上げたまま止まる。
今までなら斬っていた間だった。
怖いと言ったあとだから、止まれた。
熱殻獣の前脚が床に沈む。
「今」
白い剣閃が走った。
殻の継ぎ目に刃が入る。
深い。
だが、まだ足りない。
「獅堂、足元だけ焼け。広げるな」
「俺に小技をさせるな!」
「やらなければ、殻が閉じる」
レンの拳が震えた。
炎の線が荒れる。
昔もそうだった。
レンは強い。前に出れば、誰より目立つ。炎を撃てば、画面が変わる。
だからユウマは、いつも後ろで言っていた。
そこじゃない。
一拍待て。
左壁に当てるな。
けれど、その声は配信に残らなかった。
残ったのは、レンが敵を焼く映像だけだった。
レンの剣先が、ようやく下がる。
炎は派手に広がらなかった。床を低く走り、レイナが裂いた殻の下だけを焼く。
熱殻獣が苦鳴を上げた。
《黒瀬ユウマ、戦術指揮中》
《獅堂レン、指示行動を実行》
【テロップ出たw】
【見下した男の指揮下じゃん】
【レンファンだけど今のは従って正解】
【黒瀬、レイナだけじゃなくレンも見てる】
【火力抑えさせたの偉い】
共同ハウスのリビングでは、全員がモニターを見ていた。
カイトは腕を組んだまま、画面から目を離さない。
「剣士一人の間合いじゃない。後衛三人分の逃げ道まで見てる」
リクは口を開けたまま笑う。
「黒瀬くん、荷物持ちっていうより管制塔じゃん」
ガクは脇腹を押さえ、低く言った。
「今の、聞いてなかったら死んでたな」
サヤは救護班の位置を見ていた。
「黒瀬さん、左腕……火傷してます」
祈るだけではない。
彼女の指は、画面の中でユウマが倒れた時、どの導線で治癒に入れるかを探していた。
ミナはタブレットに流れる切り抜き候補を見ている。
《追放した男、追放された男の指示で回避》
《黒瀬ユウマ、本当の仕事》
《レンレイ派、ユウレイ派、全面衝突》
《ノアの置き土産「見えてるものを言いなよ」再浮上》
「これ、切り抜き方で全部変わる」
明るい声ではなかった。
「黒瀬くんは、また悪者にも救世主にもなる」
ミナの指が止まる。
「見られ方って、怖いね」
アリスは、少し離れた椅子に座っていた。
画面ではなく、流れていくコメント欄を見ている。
そこに何を見つけたのか、表情は読めない。
通路では、熱殻獣が最後の暴れに入っていた。
殻は割れ、角は片方欠けている。だが重さは残っている。
レンが炎を構えた。
今度は、撃たない。
ユウマを見る。
ほんの一瞬だけ。
指示を待った。
その事実を、全視聴者が見ていた。
「白銀さん、次で開きます」
ユウマは息を吸う。
「獅堂、俺の合図まで撃つな」
レンは何も言わなかった。
ただ、炎を剣先に押し込めたまま、待った。




