第27話 高シンクロの破綻
《第十二隔壁・中層接続前》
《大型反応、接近》
低い警告音が、通路に響いた。
壁面の黒い鉱脈が一斉に赤く光る。奥の霧が押し出され、石床に四本の爪が沈んだ。
現れたのは、牛に似た大型魔物だった。
背中は黒い殻に覆われ、角の根元には赤い鉱石が埋まっている。レンの炎を受けた瞬間、その殻が熱を吸うように明るくなった。
《熱殻獣》
《高火力攻撃に反応》
《硬化・反射・突進に注意》
【低層で出す個体じゃない】
【第十二隔壁だから寄った?】
【レンの火力と相性悪そう】
【でもレイナなら斬れる】
【レンレイ見せ場きた】
レンは笑った。
「いいですね。番組としても分かりやすい」
火力を見せる場面。
強さを証明する場面。
カメラは、それを待っていた。
「白銀さん、前へ。俺が殻を焼いて脆くします。あなたは中心を斬ればいい」
「分かったわ」
レイナは剣を下げない。
熱殻獣が前脚で床を掻く。
重い。
突進の前兆だった。
レイナの呼吸が、わずかに詰まる。
レンはその顔を見なかった。
カメラを見ていた。
「白銀さんなら、怖いはずがない」
その言葉で、レイナの肩が一瞬だけ止まった。
「……怖くない」
小さな声だった。
レンは笑みを深くする。
「止まらないでください。黒瀬の後ろで戦っていた時の癖まで、持ち込まないでほしい」
レイナの剣先が、わずかに下がった。
その一瞬を、カメラは拾わない。
けれどユウマには見えた。
《シンクロ率 六十三%》
《上昇》
《ペアスキル波形:発生》
【六十三!?】
【レンレイ本物】
【ペアスキル来た】
【怖くないで上がるの熱い】
【最強同士の信頼じゃん】
控室で、ユウマは息を止めた。
違う。
上がったのは、同じ向きの嘘だ。
線は悪くなっている。
レイナの白い線が踏み込みの直前で大きくねじれる。レンの赤い炎線は、それを押し出すように太くなり、白い線の通り道を塞いでいる。
熱殻獣が走った。
レイナは前へ出る。
出ようとした。
その一歩が、半拍だけ遅れた。
レンの炎が放たれる。
赤い火柱が床を走り、魔物の殻を焼く。だが第十二隔壁の壁が、その火力を受けて鳴った。
炎が跳ね返る。
左壁から右壁へ。
床から天井へ。
レイナの剣路の前に、赤い壁ができた。
「そのまま斬れ!」
レンの声は強かった。
番組映えする声だった。
けれど、レイナの足元を見ていない声だった。
レイナは剣を振る。
白い刃が、炎の反響で乱れた空気を裂いた。
届かない。
剣は熱殻獣の角の外側を空振りした。
巨体が、レイナの横をすり抜ける。
レンが追撃の炎を撃つ。
その炎が、退路を塞いだ。
《警告》
《ペアスキル波形、暴走》
《火力反響、制御域超過》
《配信用ドローン、退避》
画面が揺れた。
ドローンの一機が火線を受け、映像が白く飛ぶ。
【え、やばい】
【レイナの剣が外れた?】
【レン炎撃ちすぎ】
【退路燃えてる!】
【これペアスキルじゃなくて事故だろ】
管制の声が初めてはっきり入った。
「火壁発生。救護班、待機。攻略中断判定――」
公式テロップが遅れる。
《想定外の高シンクロ暴走》
《最強ペア、試練の瞬間》
ユウマは控室の椅子を蹴るように立った。
「そのシンクロは、嘘で噛み合ってるだけだ」
スタッフが振り向く。
「黒瀬さん、待ってください。出演者控室からの移動は禁止です」
「中断させてください」
「判断は管制がします」
画面の中で、レイナが火壁の手前にいる。
熱殻獣は方向を変えた。
次の突進で、彼女の逃げ道はない。
久我山トオルの声が、控室のスピーカーから落ちた。
「黒瀬さん。あなたには何が見えていますか」
面白がる声だった。
ノアの声が、もう一度だけ耳の奥で響く。
見えてるものをちゃんと言いなよ。
ユウマはドアへ向かった。
「見えているなら、行きます」
「黒瀬さん!」
スタッフが腕を伸ばす。
ユウマはその手を振り切った。
戦闘力はない。
火壁の中へ行けば、巻き込まれる。
それでも、画面の外で見ているだけなら、また同じだった。
ユウマは攻略ゲートへ走った。




