第22話 ノアの違和感
翌朝の共同ハウスは、いつもより少しだけ優しかった。
優しすぎた。
「サヤさん、座布団使う?」
「飲み物、温かい方がいいかな」
「無理に話さなくていいからね」
サヤはひとつずつ礼を言った。
前より顔は上がっている。けれど、誰かが優しくするたび、視線がカメラへ逃げる。
【サヤちゃん守りたい一位の朝】
【みんな急に優しいw】
【票狙いに見えるのが嫌】
レイナの近くには、いつもより人が多かった。
カイトは自然に距離を取ったまま、攻略ログの話を振る。リクは「最強剣士の朝ルーティン知りたい」と軽口を言い、すぐに引く。
ミナの隣には、ドローンが一機増えていた。
彼女は笑って、いつも通り手を振る。
「ミナ、今日は映えより生存重視でいきます」
「それ、今まで言ってなかったの?」
ノアが刺した。
「言ってたよ。比率が違っただけ」
「比率で命を扱うな」
笑いが起きた。
起きたあと、少し遅れて、全員がモニターを見る。
今の会話がどう流れたか。
どのコメントが拾われたか。
その一瞬の確認が、リビングに沈殿する。
アリスの周りには、逆に距離ができていた。
「本音が見えない人、一位って、どんな気持ち?」
リクが軽く聞く。
アリスは柔らかく微笑む。
「見てくださっている、ということですよね。ありがたいです」
完璧だった。
完璧すぎて、次の言葉が出ない。
ノアがテーブルに肘をついた。
「この番組、恋じゃなくて人気投票になってる」
声は大きくなかった。
けれどカメラは拾った。
ミナが一瞬だけ、うなずきかけた。
けれど、壁際のドローンがこちらを向いた瞬間、ミナは笑顔に戻った。
ユウマには、その笑顔の線が少しだけねじれるのが見えた。
【ノア正論】
【空気読めない】
【毒舌がきつい】
【でも言ってることは分かる】
【脱落があるから違うだろ】
リビングの空気が固まる。
サヤは膝の上で手を握る。
ガクはノアを見て、何か言いかけたが黙った。
リクが明るく手を叩いた。
「ま、まあさ、票も番組の一部ってことで。朝ごはん冷めるし」
誰も笑わなかった。
話題を変えようとした声だけが、空中で軽く滑った。
壁のモニター端に小さな表示が出る。
《リアルタイム反応》
《橘ノア:発言注目度急上昇》
《好意反応:割れ》
《脱落投票:増加》
《脱落危険度:上昇》
ノアはそれを見て、鼻で笑った。
「ほら。変って言ったら、変な女として数字にされる」
別室の管制モニターで、久我山トオルは穏やかに笑っていた。
「いいですね。橘さんは、画面を濁らせない」
スタッフが聞く。
「フォロー入れますか」
「いりません。濁らないものは、浮きます」
久我山はコーヒーを置いた。
「浮いたものは、よく見える」
リビングでは、ノアがユウマの前に立っていた。
「黒瀬くん、見えてるなら言いなよ。この番組、変だって」
ユウマは、モニターを見た。
危険圏。
ノアの名前が、じわじわ赤く濃くなっている。
言えば、また燃える。
自分だけならいい。けれど今は、サヤの票も、ミナの票も、レイナの名前も、彼と一緒に動く。
ユウマには、出演者たちの線がランキングへ引っ張られているのが見える。
見える。
ただ、それを「番組が変だ」と言い切るには、まだ足りない気がした。
また誰かの一番痛い場所に触れるかもしれない。
「……俺には、接続が歪んでいるように見えます」
「それ、便利な逃げ方」
ノアは笑った。
「言ってることは正しいのに、主語を小さくした」
ユウマは反論できなかった。
「人の本音には踏み込むくせに、自分の言葉はしまうんだ」
ノアの声は、からかうには少しだけ重かった。
【ノア刺しすぎ】
【黒瀬何も言えないのリアル】
【でも番組批判したら危ないだろ】
【正論言う人から消える番組、嫌すぎ】
《第一回脱落投票》
《中間速報》
《危険圏:橘ノア、堂島ガク、神楽アリス》
《橘ノア:変動大》
ノアはその表示を見て、肩をすくめた。
「まあ、空気読めない女から落ちるなら、番組としては分かりやすいよね」
誰も笑えなかった。




