第2話 第一印象カード
初日の夜、出演者たちは一人ずつ小さな個室に呼ばれた。
白い机。白いカード。黒いペン。
《第一印象カード》
《今、一番気になる相手の名前を書いてください》
画面の下には、公式アプリの予想投票が表示されている。
《白銀レイナの第一印象予想》
《朝倉カイト 七十四%》
《黒瀬ユウマ 一%》
【一%誰だよ】
【逆張り勢】
【カイト以外ない】
【最強剣士×王子、普通に見たい】
レイナはペンを持ったまま、カードを見ていた。
個室には三つのカメラがある。正面、手元、横顔。どれも、迷いを拾うための角度だった。
レイナは迷っているようには見えなかった。
ただ、書く前に一度だけ、自分の右足を見た。
そして、カードに名前を書く。
《黒瀬ユウマ》
スタッフの息をのむ音が、マイクに薄く入った。
「理由をお願いします」
番組音声が聞く。
レイナは少しだけ間を置いた。
「弱そうだから」
その部分だけが、公式ダイジェストでは大きく使われた。
《最強剣士が選んだのは、最弱荷物持ち!?》
《理由:弱そうだから》
【ひどいw】
【護衛対象ってこと?】
【余計なことしなさそう枠】
【黒瀬、公開処刑すぎる】
けれど、二十四時間生配信を見ていた視聴者は、その後もカメラが切れていないことを知っていた。
レイナはカードを伏せず、誰にも聞かせるつもりのない声で呟いた。
「でも、見ていた」
七文字。
それだけだった。
【今なんて?】
【でも見ていた?】
【黒瀬が?】
【見てたって、レイナの何を?】
【公式、ここ切るなよ】
別の個室では、桃瀬ミナがほとんど迷わずカードを書いていた。
「第一印象なら、カイトくんかな。爽やかだし、一緒にいたら画面が明るそう。あ、今のちょっと計算っぽかった?」
彼女は自分で笑い、カメラに向かって両手を合わせる。
「でも大事でしょ? 探索者も番組も、見てもらえなきゃ始まらないし」
【ミナちゃん正直】
【プロだな】
【カイトミナ映える】
久遠サヤの個室は、長かった。
サヤはカードの前でペンを握り、何度も名前を書きかけて止まる。杖のロックを教えられた時の顔が、まだ少し残っていた。
「……すみません。もう少し、考えてもいいですか」
番組音声は優しい。
「もちろんです」
その優しさが、余計にサヤを焦らせているようだった。
リビングでは、二階堂ユウセイが人数分の水を用意していた。
「サヤさん、水、置いておきますね。無理に話さなくて大丈夫です」
「あ……ありがとうございます」
声も動きも自然だった。近すぎず、遠すぎない。見ている側が安心する距離。
アリスはその少し後ろで、静かに微笑んでいた。
誰にも踏み込まない。誰にも嫌われない。話しかけられれば柔らかく返し、自分からは深く入らない。
完璧に、波風を立てない人だった。
ユウマは自分のカードを前にして、しばらくペンを持てずにいた。
誰を書いても、相手に迷惑がかかる気がした。
カメラは答えを待っている。
視聴者は失敗を待っている。
ふと顔を上げると、窓際のレイナが見えた。
彼女は剣に触れていない。けれど右足だけが、ほんの少し床を探るように動いた。
踏み込みの直前で切れる線。
ユウマはペンを握り直す。
心が読めるわけではない。
彼女が何を考えているかなんて、分からない。
ただ、切れている場所だけが見えた。
その夜、公式ダイジェストが公開されると、短い切り抜きが一気に広がった。
《白銀レイナ、黒瀬ユウマを第一印象指名》
《理由:弱そうだから》
【黒瀬、レイナ様の荷物持ち確定】
【元Sランク追放者、まさかの延命】
【カイトじゃないの意味分からん】
だが、生配信勢が別の切り抜きを出した。
音量を上げた字幕つきの、短い動画。
《でも、見ていた》
コメント欄の空気が、ほんの少しだけ変わる。
【何を見てたんだよ】
【黒瀬、サヤの杖も見てたよな】
【最弱っていうより、観察役?】
【レイナの表情、弱そうだからの顔じゃない】
黒瀬ユウマという名前が、嘲笑とは別の形で、初めて番組の外に流れ始めた。




