第1話 番組開幕、最弱荷物持ち
《黒瀬ユウマ × 白銀レイナ》
《シンクロ率 十二%》
《警告:ペアスキル接続不安定》
【死ぬぞ】
【恋リアでこの数字はまずい】
【なんでレイナが黒瀬なんだよ】
【カイト通り過ぎた?】
【待って、最強剣士が最弱荷物持ちの前に立ってる】
白銀レイナは、朝倉カイトの前を通り過ぎた。
誰もが、そこで止まると思っていた。爽やか王子と最強剣士。番組が最初から用意していたような、強くて、絵になるペア。
けれどレイナは止まらない。
銀の髪を揺らし、照明の中央を抜けて、最後まで誰にも選ばれなかった男の前に立つ。
「あなた、私と来て」
黒瀬ユウマは、一瞬だけ返事を忘れた。
《ラブ・イン・ザ・ダンジョン》
《初回から波乱》
《最強剣士が選んだのは――最弱荷物持ち》
その三十分前。
赤いカウントダウンが、暗い画面に浮かんでいた。
3。
2。
1。
《探索者専門恋愛リアリティショー》
《ラブ・イン・ザ・ダンジョン》
《恋をしたら強くなる。嘘の恋なら、死ぬ。》
番組ロゴが弾ける直前、画面が一瞬だけ切り替わった。
暗いダンジョン。揺れるカメラ。誰かの荒い息。青いシンクロ波形が赤く乱れ、警告音が鳴る。
《前シーズン未公開映像》
《低シンクロペア、攻略中断》
悲鳴が入る寸前で、映像はスタジオに戻った。
【今の怖っ】
【これ恋リアの皮かぶった探索者番組だからな】
【嘘の恋なら死ぬ、比喩じゃないやつ】
巨大な地下ゲートを模したスタジオに、白い霧が流れ込む。
最初に現れたのは、白銀レイナだった。
入場前の紹介映像では、深層の魔物がカメラへ爪を振り下ろしていた。画面が割れる寸前、白い剣閃だけが走る。次の瞬間、魔物の巨体が崩れ、レイナは返り血ひとつ浴びずに立っていた。
《最強剣士》
《白銀レイナ》
【本命きた】
【この人だけ攻略映像が別格】
【この魔物、討伐推奨六人編成じゃなかった?】
【ソロなら最強なんだよな】
【ペアスキルだけは相性出るから怖い】
レイナはカメラに軽く会釈しただけだった。それだけで、スタジオの中心が彼女になる。
続いて朝倉カイトが現れた。白い歯を見せて笑い、客席とカメラの両方に自然に手を振る。
《爽やか王子系アタッカー》
《朝倉カイト》
「緊張しますね。でも、出るからには本気で向き合いたいです」
【はい王子】
【レイナ×カイトで完成】
【初回ペア予想これでしょ】
桃瀬ミナは、入場してすぐにメインカメラの位置を掴んだ。
「みんな、見えてるー? ミナです! 恋も攻略も、生きて帰るのも、全部がんばりまーす!」
《人気配信者探索者》
《桃瀬ミナ》
「最後だけ重くない?」
橘ノアが横から刺す。
《毒舌モデル探索者》
《橘ノア》
ミナは笑顔のまま振り向いた。
「ノアちゃん、そこ拾う?」
「拾うでしょ。命はサムネより大事だし」
【ノア様きついw】
【ミナちゃんカメラ強い】
【この二人もう面白い】
久遠サヤは、杖を両手で握りしめて入ってきた。視線は下がりがちで、カメラを向けられると小さく会釈する。
神楽アリスは、誰にも近づきすぎない距離で微笑んだ。静かで、綺麗で、隙がなかった。
速水リクは「全員顔面が深層ランクじゃん」と軽口を叩き、堂島ガクは「盾役なら任せろ。恋の盾は知らん」と胸を叩いた。
二階堂ユウセイは、段差で止まりかけたサヤに自然に手を差し出す。
そして最後に、黒瀬ユウマが入場した。
拍手は、明らかに遅れた。
黒い探索者ジャケット。派手な武器はない。腰のポーチだけが多い。画面の端に置かれると、そのまま背景に溶けそうな男だった。
《Sランクパーティーを追放された》
《最弱荷物持ち》
《黒瀬ユウマ》
紹介映像が流れる。
元所属パーティーのリーダーが笑っていた。
「黒瀬? あいつは戦闘中、後ろで見てるだけですよ。配信にも映らないし、正直、いなくても変わらない」
《追放理由:戦闘貢献度不足》
【きつ】
【元仲間に言われてるの草】
【荷物持ちが恋リア来るな】
【レイナ様に近づくなよ】
ユウマは、コメント欄を見ていなかった。
悔しくないわけじゃない。
ただ、悔しいと言えば、自分がまだ探索者でいたいことまで認めることになる。
だからユウマは、いつも通りに視線を下げた。
彼の視界では、スキルが動き出す直前だけ、身体と装備のあいだに細い白い線が重なる。正しく噛み合う時は一本に集まり、乱れる時は途切れる。見えるのは、それだけだ。
心は読めない。感情も分からない。
ただ、切れる場所だけが見える。
カイトは笑う時、右足に重心が残る。踏み込みを隠す癖がある。
ミナはカメラに向くたび、肩を半分だけ開く。逃げ道を残している。
ノアは毒を吐いたあと、相手の目ではなく手を見る。反応速度を測っている。
二階堂は親切に動く前に、カメラの位置を一度だけ確認する。
サヤは杖を握りすぎて、安全ロックの解除が遅れている。
ユウマは無意識に一歩寄り、小さく言った。
「久遠さん。杖、ロックかかったままです」
「え?」
サヤが慌てて手元を見る。確かに、杖の青いランプは消えていた。
「あ……ありがとうございます」
「いえ」
それだけだった。
誰も大きく拾わない。コメント欄も、ほとんど気づかない。
けれど、レイナだけがこちらを見た。
最強剣士の視線が、ユウマの目ではなく、ユウマが見ていた先を追っている。
ユウマは反射的に視線を外そうとした。
その瞬間、レイナの足元で、細いスキル線が揺れた。
抜く、踏み込む、斬る。
完璧なはずの流れが、最後の一歩の手前で、ぷつりと切れる。
ユウマは息を止めた。
レイナは笑わない。
嘲笑で埋まる初回配信の中で、最強剣士だけが、最弱荷物持ちをただの荷物として見ていなかった。




