第19話 サヤの治癒暴走
《第三回攻略》
《低層・第九区画》
《治癒反応型トラップ区域》
《黒瀬ユウマ × 久遠サヤ》
《事前シンクロ率 二十%》
《攻略推奨ライン:三十%以上》
《ペアスキル接続:解析中》
《公式注目ペア》
《炎上男×守られ治癒職》
【煽りが最悪】
【サヤちゃん逃げて】
【でも黒瀬、攻略では仕事する】
【治癒反応型って回復職がいるほど面倒なやつ】
第九区画は、低層と中層の境目に近い。
石造りの回廊が十字に交差し、床には古い魔法陣の傷が残っている。壁の奥から、時々、金属が擦れる音がした。
攻略ログには警告が出ていた。
《注意》
《本区画の罠は治癒光に反応して再起動する》
《過剰治癒・対象誤認により二次起動の恐れあり》
合同支援テストのため、別ルートにはノアとガクのペアが入っていた。一定距離を保ちながら、互いの戦況だけが表示される。
《橘ノア × 堂島ガク》
《左回廊を進行中》
サヤはユウマの半歩後ろを歩いていた。
杖を両手で握り、何度も呼吸を整える。治癒杖の先から、薄い緑の光がこぼれていた。
ユウマには、その光の線が見えた。
サヤから伸びる治癒の接続線は、周囲へ広がろうとするたび細くなる。だが、ユウマの腕や背中へ向かう線だけが異常に太い。
好意か、恩か、安心か、依存か。
分からない。
分かるのは、ユウマにだけ届きすぎていることだった。
「久遠さん、治す前に床を見てください。光が触れると、罠が起きます」
「は、はい」
床から針鼠型の魔物が三体飛び出す。
ユウマは短剣で一体の軌道をずらした。戦闘職ほどの威力はない。受け流すだけ。
だが二体目の針が、左腕をかすめた。
血がにじむ。
「黒瀬さん!」
サヤの声が跳ねた。
杖の先から緑の光が溢れる。細かった線が、ユウマへ向かって一気に太くなった。傷口を包む光は強く、温かい。浅い傷なのに、深層用の治癒結界みたいな密度だった。
《治癒出力:急上昇》
《対象:黒瀬ユウマ》
【強っ】
【サヤちゃんこんな出力あるの?】
【サヤ→黒瀬強すぎ】
【これは恋?】
【いや軽傷だぞ】
ユウマは治癒光が床に落ちる寸前、半歩だけ右へずれた。
光の端が魔法陣をかすめず、壁へ逃げる。
床の罠は起きない。
サヤは気づいていない。
ユウマは、今のずれを覚えた。
サヤの治癒は、向きを変えれば届く。
だが本人が対象を見ていなければ、線は戻る。
その直後、左回廊の表示が赤く染まった。
《警告》
《橘ノア × 堂島ガク》
《罠作動》
《負傷者あり》
壁越しに、重い音がした。
「ノア、下がれ!」
ガクの声が響く。
管制の声が配信に乗った。
「堂島、左脇腹に貫通傷。救護班、待機。久遠、治癒支援可能か」
サヤは走った。
ユウマも続く。
左回廊では、ガクが片膝をついていた。盾でノアをかばった姿勢のまま、脇腹に黒い杭が刺さっている。床に血が広がる。
サヤが杖を向ける。
緑の光が出た。
だが、細い。
杭の周囲に触れて、すぐ散ってしまう。さらに散った光が床の魔法陣へ落ち、赤い線が走った。
《罠再起動予兆》
「久遠さん、光を床に落とさないで。俺の右肩を中継にして、そこから堂島さんへ流してください」
「え……?」
「床じゃなくて、俺を見て。そこから堂島さんを見る」
ユウマはガクとサヤの間に立った。
自分を治癒対象にしろ、という意味ではない。
サヤの線が一番太くなる場所を、通路にするためだった。
サヤの光がユウマの右肩に触れる。
そこからガクへ伸びようとする。
だが、また戻った。
サヤの手が震える。
「なんで……」
《治癒出力:低下》
《対象選択エラー》
《接続範囲:収縮》
サヤの目に涙が浮かぶ。
「私、黒瀬さん以外を助けられない」
恋の言葉ではなかった。
治癒職として、自分が空っぽになったみたいな声だった。
ユウマは一瞬、黙った。
公式ダイジェストの言葉が頭をよぎる。
女性探索者の感情を支配する最弱男。
また、泣かせるのか。
それでも、ガクの血は床に広がっている。
「俺を守りたい気持ちが悪いわけじゃない。でも、それだけだと、久遠さんの治癒は俺に縛られる」
サヤの顔が歪んだ。
【また黒瀬が女の子泣かせた】
【今それ言う?】
【でも出力落ちてるのは事実】
【ガチ勢、治癒線見える? 光が黒瀬側に戻ってる】
【今の中継指示、罠避けてる。黒瀬やっぱ見えてる】
【治癒反応型で右肩中継? 普通その場で思いつかない】
ガクの呼吸が荒くなる。
《生命反応:低下》
《救護班到着まで四十秒》
《罠再起動まで二十五秒》
四十秒。
いや、二十五秒。
サヤが選ばなければ、間に合わない。




