第18話 二階堂の優しさ
《未公開映像》
《久遠サヤ、黒瀬ユウマへ食事を残す》
《冷蔵庫下段の小さな一途》
公式がその映像を出したのは、翌日の昼だった。
炎上を鎮めるためではない。
別の火を作るためだった。
《守られ治癒職サヤ》
《炎上中の黒瀬へ、そっと差し入れ》
【サヤちゃん天使】
【こういう子を黒瀬に近づけて大丈夫?】
【二階堂と組んでる時の方が安心】
【黒瀬サヤは危うい、二階堂サヤは安心】
サヤはリビングの隅で、そのコメントを見てしまった。
指が、杖の持ち手を握る。
その時、ミナの前でコップが倒れた。
「あ、ごめん」
中身は空だった。けれど、二階堂ユウセイが先に立ち、台拭きを取った。
「大丈夫。手、濡れてない?」
「ありがと。ユウセイくん、そういうの早いね」
「見えただけだよ」
笑い方が自然だった。
カメラが別の出演者を追っている時でも、二階堂の動きは変わらない。
そのあと、基礎訓練場でリクが模擬ナイフを取り落とし、指先を薄く切った時も、二階堂はすぐに救急箱を開けた。
「浅いけど、砂が入ると面倒だから」
「おー、気が利く」
リクが笑う。
二階堂は笑い返したあと、サヤに視線を向けた。
「久遠さん」
近すぎない。けれど、サヤが声を落としても届く距離。カメラには二人の横顔が綺麗に入る。
「大丈夫?」
「あ……はい。大丈夫です」
「無理しなくていいよ。こういう時、全部受け止めようとすると苦しくなるから」
二階堂の声は柔らかかった。
責めない。
急がせない。
サヤが目を伏せても、待ってくれる。
「君は守られていい子だよ」
サヤの肩から、力が抜けた。
その言葉は、あまりにも温かく聞こえた。
「怖がっていいし、前に出なくてもいい。治癒職だからって、全部背負わなくていい。誰かを助けられない日があっても、君が悪いわけじゃない」
「……はい」
二階堂は微笑む。
「俺と組む時は、後ろにいてくれたらいい。危ないところには出さないから」
【二階堂やさしい】
【サヤはこういう人と組むべき】
【黒瀬は刺す。二階堂は包む】
ユウマは少し離れた場所で、その会話を聞いていた。
盗み聞きするつもりはなかった。
ただ、サヤの杖から伸びていた治癒の線が、二階堂の言葉に合わせて変わった。
薄い緑の線。
最初は周囲へ淡く広がっていた。それが、二階堂の「後ろにいてくれたらいい」で、サヤの足元へ丸く縮む。
安全な形だった。
傷つかない形。
だが、誰かへ届くには、少し狭すぎる。
リクが指を出す。
「サヤちゃん、練習台にしていいよ」
「は、はい」
サヤが杖を向ける。
緑の光が出た。
けれど、遅い。
いつもならすぐ塞がる傷口に、光が触れて、ためらうように揺れた。
「あれ……」
サヤ自身が小さく呟く。
二階堂がすぐに前へ出た。
「大丈夫。無理しなくていい。浅い傷だから」
優しかった。
リクも「平気平気」と笑った。
だがユウマには、治癒線がリクへ伸びきる前に、サヤの足元へ戻ったのが見えた。
「言いたそうな顔」
ノアが横に立っていた。
「……言いません」
「珍しく学習した?」
「炎上は学習教材としては強すぎます」
「でも、言わないで済むとは限らないよ」
その日の夕方、次回攻略ペアが発表された。
《第三回攻略》
《番組指定ペア》
《黒瀬ユウマ × 久遠サヤ》
サヤが息をのむ。
二階堂はすぐに笑った。
「大丈夫。黒瀬くんなら、危ないことはさせないと思う」
優しい言葉だった。
けれどユウマの視界で、サヤの治癒線はさらに細くなった。
自分に向かう線だけが、少し太くなる。
レイナはペア表示を見て、剣の柄を一度だけ握り直した。
「……治癒職なら、後方配置が基本ね」
ノアが横目で見る。
「それ、心配?」
「配置の話よ」
「はいはい」
ユウマは表示を見つめた。
また、言わなければならないかもしれない。




