第17話 サヤの小さな一途
炎上は、共同ハウスの椅子の距離に出た。
朝食の時間。
ミナはいつも通り中央に座った。リクが軽口を言い、ガクが大きな皿を二枚取る。カイトは全員に水を回した。ノアはコメント欄を見て、嫌そうに眉を寄せた。
誰もユウマを嫌っているわけではない。
だが、カメラの前で彼の隣に座ることは、別の意味を持ち始めていた。
【黒瀬の隣に座ったら擁護派認定されそう】
【みんな距離取ってる?】
【恋リアじゃなくて炎上リアリティショー】
ユウマは食堂に来て、皿を取らずに水だけ飲んだ。
「食べないの?」
リクが聞いた。
「あとで」
ユウマはそう答えて、すぐに廊下へ戻った。
あとで、は来なかった。
昼も、夜も、ユウマは食堂の端まで来て引き返す。誰かが話しかければ返す。だが、会話がカメラに拾われる前に距離を取る。
その夜、二十四時間生配信のキッチン端カメラに、小さな動きが映った。
久遠サヤだった。
サヤは皆がリビングへ移ったあと、鍋のふたを少しだけ開けた。残っていたスープを小さな容器に移す。白いご飯を丸く詰め、卵焼きを二切れ乗せる。
ラップをかける手が、何度も止まった。
メモを書くか迷い、書かない。
名前を書くか迷い、やめる。
結局、冷蔵庫の一番下の段に置いた。
端に寄せすぎると気づかれない。真ん中に置くと目立つ。サヤは少し考えて、飲み物の後ろに半分だけ見えるように置いた。
【今のサヤちゃん?】
【黒瀬用?】
【名前書かないの、逆にリアル】
【誰にも言わないの偉いというか、臆病というか】
【サヤ、初回で杖ロック教えてもらってた子だよね】
ユウマは気づかなかった。
夜中に水を取りに来て、冷蔵庫を開ける。容器は見えていた。だが自分のものだと思わず、扉を閉めた。
【気づけ黒瀬】
【そこ! 下段!】
【観察眼どこいった】
【自分宛ての優しさには鈍いの痛い】
その様子を、廊下の影からレイナが見ていた。
レイナは一歩出かけて、止まった。
扉が閉じる音だけが残る。
翌朝、サヤは冷蔵庫を開けた。
容器は残っていた。
彼女は少しだけ肩を落とし、また温め直して、今度はテーブルの端に置いた。ラップの上に、番組支給の小さな付箋を貼る。
《黒瀬さんへ》
字は小さかった。
大きく書けば、誰かに見られる。小さく書けば、見つけてもらえない。サヤは迷った末に、その大きさで止めた。
ユウマが食堂に入ってくる。
いつものように水だけ取ろうとして、付箋に気づいた。
「……これ」
サヤは椅子から立ちかけ、すぐ座り直した。視線はテーブルの木目に落ちている。
「食べないと、明日動けませんから」
声は小さい。
カメラに拾われるかどうか、ぎりぎりだった。
ユウマは容器を見る。冷めないように、ふたの上にタオルまでかけてあった。
大げさに礼を言えば、サヤが目立つ。
何も言わなければ、受け取っていないことになる。
「ありがとう」
それだけ言った。
サヤはこくりと頷き、すぐに視線を落とした。
リビングの奥で、ミナがその様子を見ていた。
「サヤちゃん、強いなあ」
ミナは笑った。けれど、いつもの配信用の笑顔ではなかった。
レイナはテーブルの端に立ち、少しだけ眉を寄せる。
「食事を取らない探索者は、戦力として不安定になる」
「レイナさん、それ心配って言うんだよ」
ノアが即座に刺した。
「戦力評価よ」
「恋リアで一番危ない言い方、再放送しないで」
レイナは黙った。
ユウマは容器のふたを開ける。
コメント欄だけが先に火をつけていた。
【サヤちゃん、これ大声で庇えないからご飯残してるんだ】
【弱いけど優しい】
【レイナ様も不器用に見てる】
【黒瀬サヤ派、静かに発生】
【いや本命はレイナだろ】
【冷蔵庫下段、推せる】




