第14話 営業シンクロの暴走
《第二回攻略》
《低層ダンジョン・第六区画》
《黒瀬ユウマ×桃瀬ミナ》
《シンクロ率 二十六%》
《攻略推奨ライン:三十%以上》
《ペアスキル接続:解析中》
ゲートの先は、鏡のような水たまりが点在する円形の広間だった。
中央に割れた噴水。左右に細い通路。背後には退路。天井から黒い蔦が垂れ、ドローンがその隙間を滑る。
床の水面が、ミナの姿を映していた。
その映ったミナの影が、先に笑った。
《警告》
《第六区画、鏡影狼を確認》
《光・幻影系スキル、およびレンズ越しの視線に反応》
【ミナの相性悪くない?】
【炎と幻影が売りなのに】
【ドローンにも反応するの嫌すぎ】
【でも映えは最強】
水たまりから、狼型の魔物が四体浮かび上がる。黒い体。鏡のような目。視線が、ドローンのレンズとミナの幻影を交互に追う。
ミナは耳元の蝶ピアスに触れた。
次の瞬間、赤い火花がそこからこぼれる。
「ミナ、いきまーす!」
ミナが指を鳴らした。
赤い火花が蝶の形になって広がる。炎蝶が広間の上を舞い、ミナの分身が三人に増えた。
左通路に一人。
噴水の上に一人。
ユウマのすぐ隣に一人。
【派手!】
【ミナちゃんの戦闘、画面強い】
【ピアスから炎蝶出るのかわいい】
【これぞ配信者探索者】
ミナはユウマの腕に、指先だけ触れた。
「黒瀬くん、ミナのことちゃんと見ててね」
《シンクロ率 三十二%》
《上昇》
数字は跳ねた。
ユウマの視界では、嫌な形で線が太くなる。
好意に見える線だけがユウマへ伸びる。炎の線は敵へ。幻影の線はカメラへ。三本がつながる直前で、中心だけが抜ける。
鏡影狼が一斉に動いた。
幻影ではなく、本物のミナへ向かう。
「ミナさん、右後ろ」
「分かってる!」
ミナの炎蝶が狼を包む。
画面は綺麗だった。
だが炎が広がりすぎた。
右通路が塞がる。左通路には幻影が重なり、水面に映った狼の数が倍に増える。
敵の位置が、見えない。
《シンクロ率 三十八%》
《急上昇》
《警告:ペアスキル接続不安定》
【高い!】
【ペアスキル来る?】
【いや退路燃えてる】
【スタッフ止めろ】
背後の入口に炎が回った。
ドローンが高度を上げる。管制の声が一瞬だけ配信に乗る。
「退路温度、上昇。中断判定準備」
公式テロップが、すぐにかぶさった。
《想定外のシンクロ上昇》
《人気ペア、初攻略で急接近?》
「違う」
ユウマは炎の向こうを見た。
「好意の線だけ太い。炎と幻影が別々の方を向いてる」
「何それ」
「今のつなぎ方だと、敵じゃなくて退路から燃える」
鏡影狼が一体、ドローンのレンズを蹴って軌道を変えた。
まっすぐ、本物のミナへ来る。
「ドローンを下げてください」
ユウマが言った。
ミナの口が動いた。
下げないで、と言いかけた形だった。
けれど、声にはならない。
鏡影狼が炎の隙間から飛び込んでくる。
ミナの幻影が笑う。
本物のミナの手が、一拍遅れる。
ユウマの視界で、線がねじ切れた。
「好きなふりでスキルをつなげようとしてる。だから暴れてる」
ミナの顔から笑顔が落ちた。
「じゃあどうすればいいの? 本当に好きって言えばいいの?」
炎が噴水をなめる。
退路は半分赤く塞がれ、残る道は噴水の右脇だけ。
ユウマは首を振った。
「恋じゃなくてもいい。本当のことなら、たぶんつながる」
「本当のことって何」
「俺には分かりません」
「じゃあ、どうしろって言うの!」
「カメラじゃなくて、自分に言ってください」
ミナはドローンを見なかった。
初めて。
炎の照り返しの中で、唇が震える。
「見られなくなるのが怖い」
甘くない声だった。
可愛くもない。
けれど、線が変わった。
《シンクロ率 二十九%》
《低下》
《接続揺らぎ:減少》
暴れていた炎が、細く収束した。
幻影が消えないまま、鏡影狼の目だけを惑わせる形に整う。水面に映っていた余計なミナが消え、右側に白い道が一本開いた。
「右、抜けます」
「うん」
ミナは笑わなかった。
炎蝶が狼の視界を塞ぐ。幻影が左へ走り、実体のミナは右へ抜けた。ユウマが続く。
「噴水の影、実体」
「見えた」
ミナの炎が、今度は短く走った。
派手ではない。
けれど正確だった。
《鏡影狼四体、制圧確認》
《退路確保》
《負傷者なし》
【黒瀬また女の感情に口出してる】
【でも退路塞いだのシンクロ上がった後だぞ】
【生配信だと分かる。黒瀬、数値じゃなくて接続見てる】
【ミナの今の声、営業じゃなかった】
攻略完了の光の中で、ミナはカメラを見た。
いつもの笑顔を作ろうとした。
でも、できなかった。
その一秒だけ、桃瀬ミナは誰にも見せるためではない顔をしていた。




