第13話 見られなかった探索者
深夜の共同ハウスは、暗いのに明るかった。
照明は落ちている。声も少ない。けれど、カメラの赤いランプだけが、部屋の隅で消えずに点いている。
ミナはリビングの端に座っていた。
スマホが一台。タブレットが二台。配信ノート。案件管理表。切り抜き候補のサムネ。
《#ミナユウ》
《営業恋愛》
《ミナちゃんプロすぎ》
《黒瀬、女の内面見すぎて無理》
《でも未公開の最後、刺さった》
その横に、古い配信ログが開かれていた。
《同時接続 十二》
《コメント 三件》
《一件:その装備どこのですか?》
《案件審査:不採用》
ユウマは水を飲みに来て、足を止めた。
「起きてたんですね」
「黒瀬くんこそ。寝ないと、また目の下に影できるよ。ミナの隣に立つなら、そこも管理してほしいな」
いつもの声だった。
でも指先は、同じコメントを何度もなぞっていた。
《ミナ、誰と組んでも同じ顔するよな》
ユウマは冷蔵庫から水を取り出す。
「消しますか」
「見ない方がいいって?」
「見て楽になるなら、見た方がいいと思います」
「楽にはならないよ」
ミナは笑った。
「でも、見ない方が怖い」
タブレットの横に、一枚の古い写真が挟まっている。
地味な探索者ジャケット。今より短い髪。笑っているのに、カメラを見つけられていない少女。
「昔の私、びっくりするくらい伸びなかったんだよ」
ミナは画面を暗くした。
「ちゃんと攻略してた。怪我も少なかった。低層なら安定してた。でもコメント三件。スポンサーもつかない。案件もない。可愛くもない、強くもない、面白くもない」
声は軽くしようとしていた。
けれど、軽くならなかった。
「見てもらえない探索者は、死んでるのと同じだから」
ユウマは否定しなかった。
そんなことない、と言うのは簡単だった。
でもその言葉で、同接十二は増えない。
「分かるよ。俺も、見られない側だった」
ミナの指が止まった。
ユウマのスマホが、テーブルの上で光った。
《黒瀬、元Sランクで何してたん?》
《荷物持ちって本当に荷物だけだったの?》
《レンの時より今の方が仕事してる説》
ユウマは画面を伏せた。
ミナがそれを見る。
「見ないの?」
「見たいです」
「じゃあ、なんで伏せるの」
ユウマは水のボトルを握った。
「見られたいのに、見られるのが怖いから」
声は、自分で思ったより小さかった。
「見られたら、そこまで映る気がするんです。捨てられたところまで」
ミナは黙った。
カメラに向ける顔ではなくなる。
「黒瀬くんってさ、そういう時、怒らないんだね」
「怒り方が分からないだけかもしれない」
「何それ」
「見られないのに慣れると、怒るタイミングも分からなくなる」
リビングの床に、夜間の簡易測定光が浮かぶ。
《黒瀬ユウマ×桃瀬ミナ》
《シンクロ率 二十一%》
《低下》
《接続揺らぎ:減少》
【下がった?】
【でも警告減ってる】
【また数値より接続か】
【深夜組、今の保存した】
ミナは笑おうとして、やめた。
「今の沈黙、切り抜かれても伸びないね」
「そうですね」
「でも」
ミナは配信ノートを閉じた。
「ちょっと、楽かも」
その時、廊下の奥で小さな音がした。
剣ケースの金具が閉じるような音。
ユウマが振り向く前に、気配は消えた。
ミナはそちらを見て、口元だけで笑った。
「レイナちゃん、強いのに分かりやすいね」
「何がですか」
「さあ。ミナにも、全部は分からないよ」
営業用ではない沈黙が、二人の間に落ちた。
カメラはまだ回っている。
けれど、その沈黙には、映える角度がなかった。




