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シオン対ルーク(一)

 三ヶ月ほどは、俺の吸血鬼ヴァンパイア生活ライフも順風満帆だった。なぜなら、俺の血液供給源であらせられる、悪辣な貴族様たちに事欠かなかったからだ。

 

 不正な手段で民から大金を搾取していた者。子どもに性暴力をふるっていた者。使用人を精神的に追いつめて自害させた者。犯罪組織と軽い癒着のあった者。こういう悪行をやめなければ次は殺す、とわざわざ警告してやらないといけない貴族もいた。

 

 そして、それらの非道を口実に貴族を襲って血の渇きを満たす吸血鬼・俺。本当にこの王都は、悪が小躍りしながら跳梁している世界である。

 

 奴らが本当に悪行に手を染めているのか、確認のための下調べに苦労することもあったが、そこは、わが盟友ロバート伯が協力を申し出てくれたのだ。「お前がしくじって吸血鬼であることが発覚すると、わしにまで被害がおよぶ危険性がある」という素晴らしい理由を添えて。持つべきものは友達だね!

 

 そんなこんなで、しばらくは血の飢えに苦しむことはなかった。しかし――

 

 ペイシェンス。あの女探偵の存在によって、雲行きが怪しくなってきた。

 

 一週間ほど前に突如出現したあの女は、以降、王殺事件とアルセイスの吸血鬼による吸血事件の調査という理由で、宮廷を嗅ぎ回るようになった。

 

 俺は嫌でも自分の行動に制限をかけないといけなくなった。何もペイシェンスは俺をつけ回しているわけではない。だが、もしかしたら見られているかもしれないという疑念がよぎると、自ずと大胆な行動はとれなくなる。


「殺人事件を何度か解決した実績があるから、宰相も彼女に今回の件を依頼したらしいね」

 

 と、ルークがエミリアに話している場に俺もいた。


「優秀な人なのね。早くあの吸血鬼を捕まえてくれたら本当に安心するわ」


「そうだね」

 

 ルークは薫風のごとき爽やかな微笑を浮かべて言った。こやつは明るく人好きのする性格で、外見は王家に共通するシルバーブロンドの髪を持ち、瞳だけは青色。やや細身で、秀麗な顔立ちをしていて、好青年でいながら優雅でもあり、要するに俺からすれば、おそろしく癇に障る奴なのだ。

 

 王殺事件での失態による罰として、しばらく謹慎処分を受けていたが、昨日出てきたところだ。エミリアからすれば、間接的にとはいえ父王の死を招いてしまった男のはずだが、妹とルークは昔から仲が良く、それで関係がこじれるようなことはなかった。

 苛烈で厳粛でどこか遠いところにいたような父より、ルークのほうが家族に近い……いや、二人の関係は家族なんてものじゃない、こいつらは――


「それにしても、綺麗な人よね、ペイシェンスって。つやのある黒髪で、瞳も黒曜石みたいで素敵だわ」

 

 エミリアが、あの探偵女の美貌を称賛した。

 

 確かに、俺も自分が吸血鬼でもなければ、「へえ、良い女がいるなあ」などと脳天気な感想を漏らしていたかもしれない。

 

 だが今の状況では、あの女は俺にとって鑑賞物ではなく、脅威でしかなかった。礼儀正しくはあっても、感情をうかがわせない冷静なまなざし。あの目に見据えられると、俺はたまらなく不安になる。


「シオンの好みのタイプではないかしら? よかったわね。素敵な人が宮廷に誕生してくれて」

 

 俺は何も答えなかった。この日、妹の言葉を無視すること四回目だった。

 

 十日ほど人間の血を吸えていない。死ぬほどの倦怠感で会話どころじゃなかったのだ。


「返事くらいしたらどうなの?」

 

 それを知るはずもなく、エミリアは軽く咎めてきた。俺はそれが無性にいらつき、


「うるせえよっ」

 

 と、がなり声を炸裂させた。

 

 それが王女どのはとてもお気に召さなかったらしい。眉をひそめ、不快感を示してきた。


「シオンって、むらっ気が激しすぎるのよ。昔からだけど。私に何か不満でもあるの?」

 

 ああ、不満ならあるさ。だが、俺は何も答えず、その場を去った。

 

 その後、王宮の庭にある遊歩道を歩くエミリアとルークを見かけた。二人は腕を組んで手をつないでいた。妹とルークは公言こそしてないものの、恋人のような関係なのだ。すでに噂は立っていた。王族のいとこ同士なら異常というほどではない。

 

 やがて二人は立ち止まり、軽くだが、キスをした。それを目にした瞬間、俺の胸の奥で焼けるように何かが疼いた。それは、間違いなく嫉妬心だった。そう、俺はエミリアのことが――

 

 ……いいさ、自分たちだけ幸せになりたければ、それでもべつに。けど、あいにく俺は今、腹を空かせている最中なんでな。少しばかり不幸のおすそ分けをしてやるよ。




 

 翌夜、俺はルークのあとをつけた。

 

 次の標的を奴に決めたのだ。これまでの獲物と違ってルークは悪い行いをしていたわけではなかった。少なくとも、その手の風聞を俺は耳にしたことがない。

 

 だが、血の飢餓感と嫉妬心が俺の判断力と良心(あるかは知らんが)を殺していた。

 

 弱者を襲うわけではなく、恵まれた身分にある男を狩るのだから、ある意味不平等を是正する行いだ。狩るといっても、殺しはしない。多少痛めつけて血を啜るだけだからな。そんな苦しい論理で自分を納得させた。

 

 月明かりの淡い夜。

 

 ルークはよく食事に行く高級旅籠から、従者一人とともに出てきた。俺は距離を開けつつそのあとをつける。

 

 ルークたちは裏路地に入った。王宮までの近道になるからと、今の旅籠に一緒に行ったときに俺が教えた道だった。そのときは意図していたわけではなかったが、結果的に幸運を呼んだことになる。その道は薄暗く、このとき人通りはなかったのだ。

 

 俺は仮面をつけ、マントのフードを目深にかぶる。

 

 そして、距離をつめて、にわかに襲いかかった。

 

 俺の足音でこっちを振り向いた従者に当て身をくらわす。そいつは気を失ってくずおれた。

 

 沈着冷静なルークもさすがに驚いた様子だったが、すぐに剣を抜いていた。ほぼ同時に俺も剣を抜き放つ。いつも佩いている神威ではない。あれは装飾が独特すぎて俺だと分かってしまう。


「これはこれは。天下の吸血鬼さんにお目にかかれるとは。どうも初めまして」

 

 非常事態に慣れているルークはすぐに冷静さを取り戻して軽口を飛ばした。

 

 むろん、俺は返事などしない。すぐに終わらせなければ。いくら暗がりとはいえ、ルーク相手だと長引いたら見抜かれる。

 

 俺は背後を取ろうと豹のような敏捷さで回り込み、流れるような速さで剣を閃かせた。が、ルークは予想外の反応速度で剣を撃ち返してきた。俺は第二閃、第三閃を放つ。いずれも間一髪ながら、ルークは受け止める。

 

 こいつ、こんなに強かったのか……!

 

 さらに数合、撃ち合い、俺は自分の体が徐々に重くなるのを感じた。何だこれはっ……。

 

 だめだ。これ以上やると、正体を見抜かれる。俺は身を翻して逃走しようとした。だが、体がさらに重くなった。


操重そうじゅうノ術」

 

 ルークが言う。その左手は、人差し指と中指を突き立てる形をしていた。


「対象の体に高重力を強いて動きを鈍らせる。並外れた速さを持つ吸血鬼に有効な術だ」

 

 操重ノ術。知ってはいたが、この魔術を使えるのは、王都で五人もいなかったはずだ。それをルークが使えるのは知らなかった。隠してやがったのか……。


「出くわした以上、見逃すわけにはいかないな。観念して――」

 

 途中でルークは言葉を切った。じっと俺の仮面を見据えている。暗がりの中、その青い瞳が炯々と光った。


「まさか……シオンなのか?」

 

 俺は背筋が粟立つのを感じた。

 

 

 

 

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