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【100話で完結】ぼくのホーム オフィスには 人間きぶんの 猫が2匹いる  作者: 華奢 素数


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【10/8】「28戦0勝27敗1分け」の転職活動

とんでもない戦績である。プロボクサーなら、5連敗あたりで「どうする?」と言われるだろう。ちなみに僕は20連敗あたりで、ようやく、貴重な1分けに辿り着いたのだ。


この戦績は、2026年4月から7月まで、3か月と決めて挑んだ転職結果である。6社勤めてからの48歳でフリーランスのライターに、現在52歳。欲しいと思える要素があまりないのだろう。


それなりにキャリアを積んで、48歳に差し掛かった頃に会社に行けなくなる手前にいると感じた。このまま歩き進んで行くと、どの方向にも東尋坊クラスの崖か、底なし沼か、腹を空かしたゾンビの大群か、ダメだってことがわかったのだ。


いわゆる「逃げフリーランス」である。無職との違いは、「無職ではない!」と自分で言い聞かせることぐらいだ。実際、当時高校生の息子からは父親の職業は「フリーター」と先生に言っていたらしい。「無職より上じゃないか」、と息子なりの配慮を感じた。


フリーランスには「なりたて祝儀」みたいなものがあって、社会人時代に積んだ徳と善の限りが換金される。それらが、まぁまぁ低めのレートで祝儀として案件依頼となるわけだ。


今年でフリーランス5年目。そんな祝儀もいつのことやら、仕事には閑散期が目立つようになってきたというのが実情だ。


そんな折、昔利用していた転職エージェントから「この求人あるのだが、受けてみないか?」と。


いやいや私、フリーランスですし、え? また会社員に戻るなんてそんな虫のいい話……。受けるだけ、受けましょう!!!


と閑散期でヒマだったのと、受けるのはタダだからと、応募することにしたのだ。ECサイトの運営、のような仕事だったと思う。年収600万円ほど。自宅からも電車で1本。いいじゃないですか。


と、盛り上がるも、履歴書と職務経歴書を書かねばならないのだ。しかも3日以内にという転職エージェントからの要望。椅子取りゲームなみに、常に誰かが応募することになるからと、そんな慌ただしい会社紹介してきたのなんでやねん、と心の中では文句を言っていた。


提出書類を専用のウェブサイト・マイページより提出。


「私の方からも、特別に企業様に申し入れをいたしますので」と、転職エージェントからの甘い言葉にふふーん、また会社員かなー、なんて思っていたら


翌日、声をかけてくれた転職エージェント経由で、定型文のお祈りメールが来た。マイページも確認すると、【書類選考・不合格】とある。理由などない、この世のほとんどの事象に、理由や原因、そしてその結果、因果関係というものはわかっていないのだ。


いや、わかる。52歳で、会社員でもなく、転職が6回だからだ。しかも、最後に辞めた会社は、勤務期間6カ月だからだ。


僕は自宅で、妻は外で(正社員として)働いている。それゆえ、食料品の買い出しは僕担当である。


「野菜は傷んだものを買うなよ、ブロッコリーは裏側も、小松菜は葉先ばかりじゃなくて根元の方もよく見ること」


ついつい、傷んだバナナに手が伸びる。ちょっと傷んだぐらいが美味しいんだよと思うが、妻の顔を思い出し、スッとのびやかでまっ黄色の綺麗なバナナを買い物かごに押し込む。


なにをバナナにシンパシーを感じているのだ。だがあのバナナ、誰も買わなければ、見切り品20%オフになり、でもその間も着実に傷む。さらに、売れ残れば……廃棄されるのだ。


あぁ、あのバナナは僕じゃないか!


と僕も心が傷んでいるようだった。


折角書いた履歴書と職務経歴書は、データで登録されている。志望動機以外は書き直すこともあるまい。ならば、ガンガン応募してみるのがいいだろう。3か月限定で、転職活動に挑むこととしたのだ。


それが先日、7/1で終わった。


戦績がタイトルにあるように「28戦0勝27敗1分け」。27敗は初戦含めての結果。すべて、【書類選考・不合格】である。通販カタログ/EC運営経験を活かした応募をいくつもトライしていたが、ほぼすべての会社、書類が通らなかったのだ。


人手は足りない、だが、オマエハイラナイ!どういうパラドックス?


5敗目ぐらいまでは「どこまで、選びたいねん!働いてやるといっているのだぞ」と憤懣やる方なしであったが、10敗目あたりから自己肯定感が激しく低下する。その間もフリーランスの仕事はチョロチョロ程度で、食うに困るといったところに差し掛かる。


貯金を食いつぶし始めると、見えない何かに屈服した感覚になった。これは恐ろしい、通帳の数字は戦闘力でもライフの残量でもないはずだが。


20敗目あたりで、1社書類が通った。実は、初戦は転職エージェントが手持ちの案件。書類落ちでもメールで不合格と来ていた。だが本来は不合格だと、メールが来ない。マイページを適宜確認して、合否をチェックするのだ。


そんななかで、「通過メール」が来たのだ。


「書類選考合格、1次面接に進んでいただきます」という内容だ。


スーツをクローゼットから出しておく、湿気ているかもしれない。何年ぶりに着るだろう。シャツは白、ネクタイは無難に紺。革靴引っ張り出し、磨く。履歴書と職務経歴書は手元にプリントアウト。


いままでの制作物・ポートフォリオをまとめなおし、面接に挑んだ。


開始5分で察する。面接官が2名とも名乗らない。デスノート持ってませんよ。コンビニの名札が「スタッフ」に変わったことにもつながっているのか? 名乗らないムーブメントか? 少なくとも面接を受ける側は乗っかってはいけない。


名乗らぬ二人、どっちが上司か。はたまたどっちが人事担当か、見当がつかない。会話から察そうとしても、あまり専門的なEC領域の話に展開しない。この手の話は領域展開できるはずなのだが。おかしい。


噛み合わないちぐはぐな面接は、50分近く続いた。よく切り返して、会話のラリーができたと思う。もしかしたら、この様子を本当の面接官が別室のモニターで見ていて、「よし、いいだろう。次のステージへ進め」と合格フラグがたったら放送で流れる仕組みなのか?


当然のことながら、脱出ゲーム的イベントは起こらず、ポートフォリオを広げるも、「大丈夫です」と一蹴。それ、大丈夫の誤用やで、とツッコんだら怒られるんだろうなと、つまらないことを考えて集中力を切らしてしまう。


最後に比較的会話のイニシアティブを握っていた面接官が「フリーランスで一番苦労したことはなんですか?」という、情熱大陸でもそんな雑なインタビューしないよっていう質問を投げ込んだ。


「苦労?」人間の記憶って、だいぶ近しいことを質量ともにデカく意識しちゃうから。それで言うなら、「今行われているこの面接です」と切り返すのが正解かもしれない。


一拍置いて、目で笑顔の中心を維持しながら答える。


「そうですね、納期が突然変更になったり、振込がされてなかったり、会社員時代にはなかったことが、当たり前に起きていることですね」と答えた。それは苦労というよりも、不満だなとも内省する。しかし、この苦労話から何を聞き、どういう僕の輪郭を際立たせ、解像度を高めていきたいのかわからなかった。会社員の苦労話なら、あるある判定基準があると思う。だが、この面接官たちはフリーランス経験がないのだ。


戦争の苦労話を大学生がインタビューするのとはわけが違う。後世に、戦争の愚かさを何らかの形で残していくような、意図すら読み取れないのだ。


苦労耐性のなさなら、6カ月で会社員を辞めた経歴をツッコんで欲しい。ノーガードのところを殴って欲しい、誘い込んでいるのに、斜め上から小石を投げてくるのはやめて欲しいのだ。


「そうですか」と、どうなのかわからない返事をされた。11時から始まった面接は12時を過ぎた、もう早く終わって、松屋に行かせてくれと願った。せめて食欲だけでも満たして、今日という日の確かな手応えを掴みたかった。


もう一人の面接官が、最後にと質問を投げかけてきた。「フリーランスで、一番大変なことって何ですか?」と。


重複してへん? その質問。


たしか、さっきは「フリーランスで一番苦労したことはなんですか?」


正社員に戻ろうとしても、書類で落とされることですね。崖や沼、ゾンビがいるところに来ちゃったってことです。非日常から日常には戻れないんですよ。だから、非日常の住人を日常の世界に招き入れる会社なんて、頭がどうかしてるんだと思います。




とは、答えない。この一番大変は、さっきの一番苦労とは違うのか? それとももう一つ、エピソードおかわりしたいのか?


「昨日まで当たり前にあった仕事が、翌日にはなくなってたりすることです」と大真面目に答えた。


会社員時代、新しい仕事がくるとババ抜きのようだった。新しい仕事は、知らない事ばかりで、厄介だ。普段の仕事もあるのに、そんなことやってられない。目を伏せて、手を挙げない、それが年齢を重ねた会社員の処世術のようにも感じてた。


「やります! やらせてください」そう言っていた頃、二十代だった。広告制作会社で新米コピーライターの僕は、新しい仕事をたくさん任された。まだ何にも染まっていないからこそ、「新しい」すらわからなかった。ババ抜きのババ察知能力すら、持ち合わせていなかった。


それが、すっかり泥だらけの大人になっちまったってもんだ。


返事が早口だったのか、声が小さかったのか。もう一人の面接官が「もう一度お願いします」と言った。


すうぅっと息を飲み、吐き出しながら答えた。


「『やります! やらせてください』と言っても、簡単には仕事をいただけないことです」と随分と言い直して答えたのだ。


「はい、ありがとうございます。面接は以上になります。結果は追って、メールで連絡が届きます」と、早口で言われた。一通り礼を述べ、部屋を出ると、次の面接者が待っていた。


背筋がスッと伸びた若々しい男性だった。黙礼を交わし、エレベーターを降り、受付で入館証を返却し、表口から出た。清々しい気分であった。振り返らなかった。


フリーランスの苦労や大変なことって、自分をわかってもらうチャンスが極端に少ないってことだ。出会って仕事につながること自体が稀有なのだ。


難しい仕事は、できるだけやりたくなかった会社員時代。どんな仕事でも、やってみせるさと息巻くフリーランス時代。


どちらも、僕である。表に出ると気づいた。自動ドアが丁寧に磨き込まれている。久々にスーツに袖を通した僕の姿が映る。どうにも頼りなく見えた。もう52歳だぞ、と心の中で呟いて、歩いて5分の松屋を目指した。辿り着いたら、吉野家だった。


翌週、届いた面接不合格メールをすぐゴミ箱に入れた。貴重な引き分けだ。その後、8社から書類選考・不合格の知らせを受けて、僕は28戦0勝27敗1分けで転職活動を終えた。


(おわり)

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