【7/22】川に行く人
川に行く人、台風の時に見に行ったり、夏に泳ぎに行ったり、川は自然物の中でも最高に怖いと思う。
僕は地元に宇治川という巨大な川があって、小学生の頃、流されている大人を見たことがある。亡くなられたと記憶している。当時のことをよくは覚えていないが、親からも学校の先生からも、「川には近づくな」と口酸っぱく言われたのは記憶している。川は怖いって、脅されてきた。僕だけじゃないはずた。昔も今もみんなそうやって、言われているはずだ。
それでも川に行く人がいた。大学時代、夏休みゼミの仲間が鴨川の上流で溺れて亡くなった。三回生のゼミ合宿当日だったと思う。合宿に来ないA君、なんでかなーとみんなで話してたら、教授が「川でおぼれて亡くなった」と悲壮な顔をして告げた。教授はお通夜に出るために、合宿先と自宅と葬儀場を行ったり来たりしていた。僕たちは喪服を持ち合わせていなかったので、一旦合宿先で教授不在でゼミ課題に取り組んだ。夕飯のBBQは、本当にお通夜みたいだった。ゼミが始まったばかりの頃で、まだお互いのことを良く知らない時期だった。なんとも感情の置きどころに悩んだが、悲しいのは悲しい。だが、なんで大人になっても川に行くんだと思ったのだ。
川遊びするなら、ライフジャケットは必須だ。子どもだけで川遊びはダメ。大人でも足を取られたら危ないし、お酒を飲んでなんてもってのほかだ。
ベストコンディションであっても、ライフジャケットをつけていても、川には近づかない方がいいのだ。
以来、同じことを何度言っても、その危険性を理解しない人のことを「川に行く人」と呼んでいる。
川=危険には、わざわざ挑む機会はそうそうない。砂金でも取れるならまだしも、暑いから泳ぎたいニーズであっても、それならプールをおすすめしたい。釣りをしたいなら、釣り堀でもいいわけだ。
「川に行く人」は人の忠告を聞かない。何度かは大丈夫だったとしても、次は危うい。自分は大丈夫だというバイアスがかかっているのだろう。
という僕も、僕の定義的には「川に行く人」だ。息子という川によく近づく。
息子に対して「アレ、どうなった?」「こうしておこうか?」「予定をすぐ教えて欲しい」と言った具合で過干渉が思春期とガチンコしているのに、懲りずに朝食の時間を台無しにするぐらい「川に行ってしまう」のだ。
結果、平和な朝が乱れに乱れる。妻からも「あなたは、自分自身が川に行く人」だと理解しているの? と問われる。妻からは散々、息子に干渉するなと言われているのに。妻の忠告を聞かなかったのだ。息子だから言い聞かせられるなんて驕りがあったのか。
本物の川には行ってはいけないとわかっているのに、拡張した意味での「川には行っている」。恐れることもなく、自分は大丈夫だという妙な過信とともに。幸いにもまだ家族関係は薄氷の上で維持できている。もう近づいてはいけない。十分に理解をしようと思う。
気になるのは、他にも、特に対人関係で「川に行ってないか」だ。年々友達が減ってる気がする。
この記事を書いていて30年ぶりに思い出したゼミ仲間だったA君。
今年の夏は、A君に黙とうを捧げ、自分を戒めようと誓った。




