【5/8】みんな、タマゴを食べられる身分なのさ
まず、僕と妻は仲がいいです。とはいえ、そんなに盛ってません。精神的に支配もされていないし、経済的にもお互いに干渉しあわないというか、お父さん頑張ってね、的な良妻です。
という前置き。
これしておかないと、ヒドイ奥さんなんて、DM来たりして憂鬱になる。
やめてね、そういうの。
で、今日の朝。ウチの平日朝ごはんは、週末に妻が作り置きする。きんぴら、みょうがの甘酢漬け、漬けた梅干しに、ナッツの甘く煮たものとか、ヒジキ煮、にんじんのしりしりなど。そこに煮卵が登場し、子は1玉、親は半玉ずつ。あとは、納豆と小松菜・わかめの味噌汁など。
ちなみに、金曜日は海軍カレーの習わしで、玉ねぎ味噌汁。玉ねぎがでてきたら、「あ、金曜日だ!」と皆ホットする朝を迎えるのだ。途中水曜日は、納豆を山盛り出して、真ん中モッコリ水曜日と称している。
曜日感覚を失わない朝ごはんへ
普段の買い出しはフリーランスの僕の役目。金曜日にまとめて買う。タマゴはそういうわけにもいかず、2パックまとめ買いしても、週のどこかで不足し始める。子どもが大学に進学し、弁当いらずとなっても、タマゴは在庫ショートしがちなのだ。
今朝のこと。
「ねぇ、タマゴあと2個じゃん。お昼に食べてるの?」
「ん?あ?え?た、たまにね」
「食べてるんだね」
「うん、たまにだよ。昨日は、食べてないよ(本当は食べた)」
妻は朝食終わりの食器を片付けつつ、冷蔵庫タマゴ在庫をもう一度確認した。振り返りざまに、僕を見た。
「まぁ、いいんだけどさ」
ため息交じり言った妻に、不機嫌さを感じ取る。
目の焦点があちこちずれる僕は
「タマゴ高いもんね、1パック298円だもの」と話の軸をずらす。このままズレてくれと願う額には、ほんのり汗をかいている。まだ4月だというのに。
「ほら、専業主婦の時って、わたし、タマゴお昼に食べなかったんだよね。働いてないし、そういうの悪いじゃんって思って」
僕の心のなかで、そっち? という反応が。
「専業主婦も仕事だし、そんなこと気にしなくていいと思うけど」
とコーヒーを飲む手を止めて、真剣な表情で返事する。
ここでふざけてはいけない。皮肉も、批判もダメだ。いや、否定してるか、これ肯定するのもなんだかおかしいし。
<専業主婦なんて、残りもの喰ってりゃいいんだ!>なんて、思ったことはみじんもない。
とはいえ、妻のこの「悪いじゃん」の話、この感覚が最近よくわかる。
ここから本題だ!
僕、フリーランスになってからサラリーマン時代よりは確実に稼ぎは落ちてる。だから、掃除や洗濯とあと手続きすべてを担う係を申し出たのだが、これってまだ「専業主婦の一部の仕事」でしかないわけだ。
僕の場合だと、さほど稼いでいない+不完全な家事(掃除しても汚れてるなど)という自己評価だと、確かに「昼飯何喰う?→もうその辺の余ってるもの」となる。新たに、何かを買って昼飯とか、在庫コントロールされているタマゴを勝手に食べるのも気が引ける。
気が引けるのだ。
冷蔵庫にタマゴが2個。とりあえず、1パック買い出しをした。昨日の今日みたいな話なので、今日はとりあえずタマゴは食べない。また、昼飯の問題が勃発したというわけなのだ。
デカい戦争が2つも起こっていて、悲しい事件もたくさんあって、いつになったら平和になんねん人類! とプンプンとしながら。
鶏には悪いけど、
「みんな、タマゴを食べられる身分なのさ」
と大きな声で言っておきたい。タマゴが食べられる世の中ってのは、鶏を食べるんじゃなくて、産むタマゴを食べるだけの余裕があるってことで。さほど日持ちもしない(常温だと)タマゴを、世の中に流通させるってのも余裕を感じる。地産地消なのだとおもうけど、移動距離短くったって荷扱いは大変だ。トラックで運んでいるだけでも、なんだか余裕がある。
そう考えると、タマゴのある世の中は余裕のある世の中ってことだ。
そして、そのタマゴってのは、なにも特権階級の食べ物じゃぁない。ちょっと価格は上がっているけれど、みんなタマゴを食べていいくらいに頑張っているし、頑張ってないなんていう人もいるけれど、生きているだけで十分価値があると思うのだ。
だから、みんなタマゴを食べられる身分なのさ
身分っていうと、たいそうだけど、それくらい心に余裕をもって生きていきたいなぁと思う。今日の晩、仕事と学校から帰ってくる家族に、父渾身のだし巻き卵を作りたいと思う。僕もご相伴に預かるぞ。 (おわり)




