【4/9】だから喫茶店ってのは、楽しいんだ
つい最近まで、足を踏み入れることができなかった地元の喫茶店。入ればどぉってことない。僕をいつも待ち構えてくれる、デザートセット。
2人席の角を陣取り、ケーキとコーヒーで750円という地元感あるリーズナブルな設定。1時間たっぷりと読書とデザートたちを楽しむ。
それなら、ローソンでスイーツ買って、家でコーヒーでも淹れてうちカフェすればいいじゃん、と思うでしょ。コスパもいいし。
でもね、無人の家、ずっと座ってる椅子、そこに美味しいスイーツがあってもこぅ、なんというか、集中できないというか、逆に。
人間って贅沢。ちょっと雑音がないと、集中できないのだ。だから、仕事中はラジオをつけることが多い。
今日の喫茶店、デザートセットのケーキがラス1だった。先に入店したおばあちゃまたち3人組。姿かたちは見えないように、テレビで生告白するみたいな衝立で仕切られている。
読書に勤しむ、ケーキを楽しむ、コーヒーを啜る。
至福である。これ以上は望まない、ありがとう今日という日。感謝。
ラス1のケーキをあとから入店した僕が横取りしてしまった。注文が圧倒的に早かったから。
おばあちゃまたちは、聞き分けよく、アイスクリームとコーヒーのセットでワイワイ・キャッキャと盛り上がっている。
「白髪染め、諦めたら気分が楽になったわよぉー」
「となりのおじいさん(ご自身もおばあさんだと思うけど)、ジムに行ってるんだった」
「ほらぁ、脱毛した方がいいって、介護の時ねぇー」
みたいな、シニアのガールズトークが心地いいノイズで入り込んでくる。耳の入口まで来て、ワイワイ聞こえるぐらいのレベル。邪魔じゃないし、むしろ心地いい。
で、突然誰かが
「キムタクって、顔デカくない?」と
「キムタクって、あのカッコイイ?」
「野球のじゃなくて」(野球好きが、1人いる)→「ちゃうわー」
「アナウンサーとちゃうよね」(フジテレビね)→「なんでやねん」
と、どうも3人組のおばあちゃまの構成が1人が「フリ+ツッコミ」であと2人が「ボケ」のようだ。
続いて
「キムタクって、顔いいやん、でも肩幅小さない?」
「小さいな」
「なんちゅーか、狭いな、肩幅」
「せやから、顔いいけど、大きぃ見えるねん」
キムタクは男前という名詞だと思います
ただの悪口みたいだけど、二つ隣りの衝立で仕切られた僕からするとこれは他人ごとじゃない。
僕は、顔がデカい。中学の時のあだ名は「ぬりかべ」だ
顔→ポジティブに言うと「決して良くない」、悪意を持って言うと「ブス」だ
肩幅→鍛えてもいないのに、無駄に「広く、デカい」
つまり→「ブス」で「肩幅広い割に」、「顔もデカい」
結論→「顔のデカいブス」
となる。とほほだ。
なんとなく、顔の大きさと、その出来の関係を考えてみた。
動物で言うと、男前のオスってのは、ライオンだとたてがみが凛々しかったり、クジャクだと羽の流麗で美しい文様だったりするわけだ。それを、「男前」と定義するなら、メスは「男前」に惹かれて、遺伝子を残そうとする。
つまり、遠くから「あ、男前」「あ、ブス」と瞬間で判断できるように、
際立った顔(男前やブス)は大きく作られているということなのではないか!
僕の奥さんは、とても目が悪い。出会った頃は、夕方になるとコンタクトが痛いと言い、裸眼で過ごしていたようだ。結婚してからも、それは同じで、さらに、お風呂に入ったあとは、コンタクトはつけてはいない。
視認して、僕というオスを評価することを、放棄しているのだ。たぶん。
おばあちゃまたちが、ワイワイと騒いでいる。
「ウチのお父さん、若い時、松方弘樹みたいで、男前やったでー」
「ウチんとこは、山城新伍に似てたでぇ」
「ウチとこは、里見浩太朗似やわ」
惜しい、一人だけ東映ニューフェイスと違うやん
みんな、顔が大きめの男前ばかりだ。カメラ移りがいいし、舞台でも映えるからねぇ、と残ったコーヒーをぐびっと飲み干した。お会計していると、おばあちゃまたちは、次は韓流ドラマの話で盛り上がっていたようだ。
ラジオみたいな面白い話が聞けた。
だから、喫茶店ってのは、楽しいのだ。




