【4/7】食べたあと、食器を出さない人の言い訳
洗い物ひとすじ25年。結婚してからの僕のメイン担当は食器の洗い物。大学生の頃は、食洗器ナシのバイト先。洗い物スキルは時給アップにもつながるから、スピード感と確実さを磨き込んだ。
という、埋もれたスキルを結婚生活で活用していたのだが、ふと気づいたことが。
「ごちそうさま」と食べ終わると、子は自室へ、妻はその場でポチポチスマホなど。
ダイニングテーブルには、食べ終わった食器たち。
洗い物担当は、カウンターテーブルに食器を移動させるところから始まる。
思いのほか面倒くさいのだ。1ターン目、椅子から立ち上がって、カウンターに食器をある程度運ぶ。
その流れで、カウンター奥の流しに行きたい。そして、そこからザーッと洗い物をしたいのだ。そのためには、あと残していった食器たちを、カウンターに置いて欲しいのだ。
まぁ、シンプルに言うと
「食べたら、食器を出して欲しい」
毎日のことだ、だからこそ、気づいて欲しいのだ。
自動的に気づいてもらうのは無理だ。妻にとっては25年近いローカルルールになっているから。子も同様。妻と子からすると
「食器は、片付けなくてもいい」
というものなのだ。
皆ゴキゲンなタイミングで、久々に物申す。
「提案があるのだけど、食べたあとの食器って、皆それぞれカウンターにだしておいてくれないかなぁー」と僕。
流れる沈黙……
「思い思いに汚れた食器を重ねて出したりしたら、洗うの手間やで」
という、学生時代、飲食店でやたらと食べ終わった食器を重ねるオッサンのことを想いだした。僕の洗い物スキルをもってしても、効率は悪かった。
「そやな、重ねられたら困るわ」
と、全軍撤退したものの、イマイチ腑に落ちないのは、カウンターは幅130cmほどあるのだ。重ねて出さなくても、並べて置いてくれればよいのだが。
家族間であってもルール改訂は難しい。
僕が子どもの頃、そういえば、食べたら食べっぱなしだったなぁと。カウンターのある家じゃなかったというのもあるけど。母親が少しずつ流しに移動させて、洗っていたのを覚えている。
洗う人がやりやすい方がいいとは思うのだが、この、歩み寄りというか、「重ねられたら、困るやろ」ロジックに対抗できる弁護士はいないだろうかと、朝の食器洗いを終えて、しみじみと思うのである。




