不適材不適所
「お待たせー! あれ、マウスとヘキサは先にお話ししちゃってた感じ?」
バーンとドアを開け放ったのは、ちっとも貴族令嬢っぽくない男爵令嬢だ。
後ろから、お邪魔します、と頭を下げて入って来たお塩の方が令嬢感ある。
その二人のどちらの反応にも、楽しそうに目を細めてヘキサがソファに座るよう勧める。
「なに、マウスと二人で雑談していただけだ。今回はシシ丸がソロプレイだな、と」
ソロプレイという言葉に、ユッキーとお塩の顔がぐりんと音が出そうな勢いでこっちを向く。
それから一拍を置いて、「ほんとだー!?」と絶叫をしやがりましたわ。
「マウスがソロじゃなくなったらシシ丸がソロしてるー! なにこれ、等価交換!? 身代わり!? 生贄!?」
「マウス先輩のソロプレイって呪いの類だったんですね!? 今度神社に行きましょう! 霊験あらたかな神社、調べておきます!」
こらこら、愉快なゲーム部員達、そういうからかいをする時は、ちゃんと笑いなさい。
ガチで心配そうな面をするんじゃない。
なんかこう、本当にお祓いを受けた方がいい気になってくるじゃないか!
俺のソロプレイはネタ、ネタなの! 呪いとかそういうのないから!
でも、お塩、一緒に神社には行こう。
俺、奮発してラーメン一杯を食べられる分のお賽銭を投入してお祈りプレイするわ。
気を遣ってくれたゲーム仲間に幸あれ、と。
あと、クリティカルが出ますように。
レアドロップが出ますように。
ガチャでSSRが出ますように!
「さて、そろそろゲームの話をいいかな?」
冷静と冷徹の間で正論を投げつけるヘキサが、今日も今日とて愉快なゲーム部員が取っ散らかした場をまとめてくれる。
はーい、とよい子のお返事をして、それぞれソファでリラックス姿勢を取ると、ヘキサが中央のテーブルにマップを広げた。
「それぞれ、任せたクエストで努力してくれてありがとう。おかげで、いくつか選べるクエストが発生した」
マップ上にいくつかピコンピコンとエフェクトがあるのが、それだろう。
道の整備とか、宿場町の再建とか、盗賊や魔物の討伐なんかがある。
「どれを選んでもいいのだが、せっかくのマルチプレイなんだ。シミュゲーになっているわたしとシシ丸は別としても、君達三人で協力してクエストをこなしてみないか、というのがわたしの提案だ」
一際大きなエフェクトの地点に、ヘキサの指が滑る。
マップ上にポップアップしてくるデフォルメされた竜の頭、紫色の色合いも毒々しく、ゲーマーやっていればどんな種類の敵なのか、すぐに察しがつく。
「毒竜バジリスクの討伐。今回出現したクエストの中で、最も難易度が高く、最も達成の報酬が大きな難題だ」
有名どころの名前が出て来た。イデル近郊で仕留めたシーサーペントは、竜の中でも弱い設定だったが、今度のバジリスクは上位の竜になるだろう。
歯応えは、削る前のカツオブシくらいあるはずだ。
いいねえ。
楽しめそうな予感は可燃性、ゲーマー魂を火種にやる気がメラメラと燃えてくる。
これは是非とも戦っておきたい。
顔を上げると、ユッキーとお塩も、気合の入った顔になっている。
それぞれの顔を見て、ヘキサは予測通りだと頷く。
「全員が乗り気のようでなによりだ。この毒竜は交通の要衝に陣取っていて、これを倒してくれれば、シシ丸との補給が容易になって軍勢強化、他の騎士団も集結して軍勢強化、王都への進出路が確保されて軍勢強化……つまりまあ、我が騎士団が特大強化を受けて、続くであろう王都の王族奪還作戦において、高評価を得やすくなる、というわけだ」
このゲームのことだから、難易度が下がるのではなく、達成時の評価を高くする方向に繋げると思う、というヘキサの言葉には同感だ。
困難なクエストを達成して難易度が下がるんじゃあ、挑戦が楽しみなタイプのプレイヤーはすぐ飽きちゃうもんな。
俺も、高難易度に挑んで、すごいねと評価される方が良い。
燃えてくる。
エタソンは、そういうゲームだ。
嬉しいことじゃないか。ソロでプレイして、一度は辞めたこのゲームが、どんどん好きになる。
マルチプレイで、ゲーム部の愉快な部員達とプレイで、このゲームのさらなる面白さを味わっている。
「いいね、ますます楽しくなってきた。その毒竜は、どれだけ強いんだ?」
「少なくとも、プレイヤー三人にベアトリクスを足した四人パーティが必須条件で、騎士団から増援も出せる。さらに、このヘキサがこうして戦闘前に手強さの説明をして、ある程度の戦術を持って挑まなければいけないレベルだ」
このマウスが、ソロでは絶対に勝てない戦いになるというわけだ。
楽しい。このゲームは、こんなにも楽しかった。エタソン、なんて楽しいゲームなんだ。
最高だよ、エタソン神と創造神。そして、一緒に遊ぶプレイヤー達。
「では、バジリスクのことを話そう。わたしの斥候が命がけで得た情報だ。心して聞くように」
すっと立ち上がった時、ヘキサの背筋は綺麗に伸びている。
胸を張った姿は堂々と、指揮官のロールプレイが馴染んでいる。
「バジリスクは、多くのゲームで状態異常の権化のようなものだが、今回のシナリオでもご多分に漏れず、毒竜の呼び名に相応しい。カウンターで毒を撒き散らすこともあるようだから、接近戦をするなら状態異常は避けられない」
「うっす、毒耐性持ちっす」
はい、本日のゲーマー川柳。
『生肉を 主食にしてて よかったなあ』まうす
「それは重畳。しかし、それでも毒攻撃が蓄積するだろうし、マウス以外にも行くだろう。お塩、回復役として普段から思うところがあればしっかり手を抜くんだぞ」
「はい! 日頃の感謝をこめて回復しますね!」
元気一杯、聖人一杯のお塩の返事に、ヘキサがうんうん頷いているけど、さらっと鬱憤あるなら回復遅らせて悲鳴を聞くチャンスだって言いませんでした、あの指揮官。
手抜きを推奨したように聞こえたのは、俺の気のせいか?
「ユッキーは、中距離攻撃持ちだ。ローリスクで攻撃を当てられるだろう。マウスを肉盾にして思う存分しばくといい。誤射しても毒ダメージと見誤るかもしれないからバレないぞ」
「大丈夫、誤射はもうたくさんしたから一発二発増えても変わんない!」
「そうかそうか。では十発二百発くらい増やしてみよう」
おかしいな。あの指揮官、強敵との戦闘にかこつけて、マウスのことを謀殺しようとしてない?
なんてこった。ヘキサは味方のふりした裏切りキャラだったのか。
今この場で暗殺しといた方がいいかな?
「さて、マウス」
「なんだ、裏切りの指揮官。どういう風に暗殺されるのがいい?」
「冗談なんか言っている場合ではないぞ。この毒竜討伐の成否は全てお前にかかっている」
「その全てを握る俺の目の前で、ヒーラーやアタッカーによからぬことを吹きこんでいたのは冗談じゃないのか?」
俺が腕を組んでジト目をすると、ヘキサは真顔のまま、そっと小声【チャット】を送って来た。
『お塩の完璧な回復と支援、ユッキーの誤射のない攻撃。そんな奇跡がこの世にあると思うか?』
『お察し案件』
そうかー。あれは裏切りをそそのかしていたのではなく、冗談のふりして俺に注意を促していたわけか。
後方からの援護を期待すんなよ、って俺に向かって言ってたのね。
「オーケー。確かに、冗談を言っている場合ではないな」
「そう、冗談はここまでだ。今回はマウスの役割がとても大きい」
「俺が主力ってことだろ?」
このメンバーならそりゃそうなるだろう。
一番戦闘が得意なんだから。
「それだけではない。戦闘チームの現場指揮を取るんだ」
ははは、なんだそんなこと。いつだって俺は現場指揮を執っているんだぜ。
前衛・俺、中衛・俺、後衛・俺、後方・俺という、全俺統合軍のな。
ソロプレイヤーは、常にワンマンアーミーなのだ。
ちなみに一番得意な戦術は全軍突撃。
そんなボッチ・ザ・ジェネラルに指揮を取れと。
「……マジで?」
いやいやいや。そんな指揮官、いない方がマシでしょ。
俺だったら嫌だよ、そんな指揮官に得意顔で指示だされるの。
それって他人の手による自殺に近いじゃん。崖っぷちで背中を押されるようなもんだよ。
そう言いたいが、ヘキサが視線でお塩とユッキーを示す。
なんかもう自分達には関係ないんじゃって顔してあやとりしてやがる。仲良しで自由過ぎる。
この子達を連れて、強敵とのチーム戦かー。
連携とれないわ。仲良しだけど戦闘的な協調行動がとれるはずがないわ。
見えるんだなー。ダメージ量より多く回復連発しちゃうお塩に、攻撃に夢中になって敵の範囲攻撃が直撃するユッキー。
難易度によってはそれくらいのミスも許されるけど、高難易度はワンミスでも命取り。
指揮官が必要だ。
「ことの重要さがわかってきたようでなによりだ。一応聞くが、マウスはなにかの機会にリーダー役をやったことは?」
問いかけに、高速首振り人形(横向き)と化す。
誰かへの指示だしなんて、野良パーティでマルチをする時でさえほとんどない。
「右から攻めるー」「じゃ、左行くぞー」とか、それくらいで済んじゃうもん。シロクマと戦った時にユッキーへ出してた指示が一番それっぽかったな。
「そうだな。マウスはムードメイカーに回るから、そうだと思った。リーダーを盛り立てるが、皆を引っ張っていくことはしないから」
まあ、なんだ。対人関係はちょっと苦手意識がありましてね。
あんまり出しゃばらないようにしてんすよ。
「しかし。しかしだ、マウス。これはゲームだ。そして勝負だ。高評価のために、勝利のために、取るべき手段があるならば?」
「なんでもやる」
即答。
わかってる。こう言ったら不慣れなリーダー役を引き受けることになるのはわかってる。
でも、答えはこれしかないのだ。
マウスとして、ゲーマーとして、ゲーム部員として!
「それでこそ白桜ゲーム部が誇るゲーマー、マウスだ」
ヘキサは、赤い唇に、自慢と自信と、逃げる獲物を仕留めた達成感をこめて笑う。
「では、指揮官をやりなさい」
「チュー……」
肯定も否定の意味もなさそうなネズミの鳴き声で答えたのは、せめてもの抵抗だ。
「大変よろしい返事だ。では、指揮の心得を教えよう」
ヘキサには全然通じなかったけど。
「こら、マウス。真面目に聞くんだ。お塩の安全にかかわるんだからな。お塩を恐い目に遭わせてみろ。シシ丸と二人で目に物を見せてやるぞ」
「ええ? 竜と戦いに行く時点ですでに恐いのでは?」
「そんな正論は聞きたくない。お前に許される返事はイエスマムだけだ。士官候補生、上官を前になにをぼさっと座っている! 起立っ!」
「イエスマーム!?」
突然の理不尽ズブートキャンプの始まりに、慌てて背筋を伸ばして立ち上がる。
「今のお前は矮小な一匹のネズミに過ぎないが、このわたしの言うことを聞けば多少はマシなげっ歯類になれるだろう。マウス、お前の好きなげっ歯類を言ってみなさい」
「え、あ、えーと、カピバラ!?」
部活帰りにユッキーが、カピバラを撫でたい、って言ってた。
「ほう! げっ歯類最大とは生意気な子ネズミだ! 気に入った。泣いたり笑ったりできなくしてやる」
「ヘキサ? ミリタリー映画でも見た?」
「マウスに指導しなければと思って、有名どころをちょっと」
ああ、道理で。
参考文献がそれなら納得の豹変っぷりだ。映画の影響じゃなければ悪いものを食べたとしか思えない。
シシ丸にエマージェンシーコールをしようかと心配してしまった。
「さて、マウス。指揮官としての心得だが、実践する機会がすぐそこまで迫っている以上、簡潔なことしか教えてやれない」
「多分俺も簡単なことしか覚えてられないと思う」
頭脳派のヘキサ・シシ丸コンビと違って、ユッキーやお塩と並んで直感派なんだ。
習うより慣れろ。やってみてから考えろ。
そんな感じなので一つよろしく。
正直な申告に、だろうね、とヘキサも頷いて、簡潔に教えてくれた。
「指示は明確に、複雑な命令はしない。複雑な命令をするくらいならおおよその方針だけ伝えて細部は任せろ。練習して信頼関係を醸成できるならその限りではないが今回はまあ無理だからあきらめろ。禁止事項があるならそれも必ず言うこと。指示していないことは全て指示者のミスと心得ろ。無茶な指示、できない指示をした場合も同様だ。とにかく他人に命令を出す以上、お前の功績は一番少なく、お前の責任が一番多い」
「オーケー、大体わかった」
真っ直ぐにヘキサを見返す。
「無茶かつできない指示を出しているヘキサが全部悪いってことだ」
「うむ、要点の把握が上手いな。これなら立派に指示ができるだろうから、わたしの目に狂いはない。できないのは全部マウスの責任だ」
ぐえ、相手を肯定することで都合の悪いことを全部押しつけるとか、やり方がえげつない。
やっぱり頭脳派のヘキサに勝つには、直感派は腕力に訴えるしかなさそうだぞ。
「落ち着け。あきらめるにはまだ早い。もう少し具体例を出して説明するから、がんばれ」
腕力に訴えるのも、先手を打って止められた。
手強いぞ、この裏切りボス。
俺が頭を抱えていると、キャッキャしながらあやとりしていた二人が、こっちに声をかけてきた。
「ねえ、マウス、ヘキサ、お話しまだ終わらないの? こっちはいつでも出発できるぞー!」
「はい、準備は万端ですよ! あ、でも一応回復アイテムは買っておいた方がいいですかね? ユッキー先輩はお買い物って済んでます?」
「もちろん! してなーい! お塩ちゃん、後でシャロンさんのところで一緒にお買い物しよ」
うん、全然出発できる準備ができてねえっす。
そのまま討伐に突入したら回復アイテム不足で息切れ確定だよ。
遠足に出発する前日みたいなキラキラした目の二人が、竜より凶悪な敵に見えてきた。




