カピバラでもできる現場指揮のやり方
諸君、傾聴!
吾輩は促成栽培指揮官のカピバラ=マウス少尉である!
百戦錬磨のヘキサ大佐の薫陶を受け、「なにもしないよりはマシだったと信じよう」と評価された逸材である。
この度、その逸材である吾輩が竜討伐者Bチームの指揮を執ることになった。
諸君は吾輩の指示の下、高度な柔軟性を保ち臨機応変に討伐に当たるように!
以上、傾聴感謝する。解散!
そんな感じで、俺がチームの指揮を執っていいかって聞いたら、NPCのベアちゃん含めて笑顔で快諾、お任せされてしまった。
やべえよ。できれば、そんな不安しかない奴に指揮を任せられるか、俺がやる!って人が出て来て欲しかった。
ベアちゃんとかベアちゃんとかベアちゃんとか。
お塩? ユッキー?
あの二人に任せるくらいなら俺がやった方がいいかなって。
これはヘキサとも話したんだけど、二人とも将軍になれる器はあるんだよ。
上の方でニコニコして座っていれば、部下が勝手にがんばるタイプの将軍。下っ端が好きに働きやすい上司っていうの?
そういう器は二人ともある。
ストレス耐性が高くて、自分の苦手なことを素直に認められて、それができる人を大声ですげえって褒められる。
なんだかんだ、ゲーム部でイベントの中心によくいる二人だ。
人を動かす力がある。
ただ、実務でひいこら言う現場指揮タイプではない。
二人とも、目の前のことになると視野が狭くなるタイプだから、あっち見て、こっちに声だして、そっちに走るみたいなことがさっぱりできない。
消去法で、このカピバラ=マウス少尉がやるしかないのだ。
一応、事前のブリーフィングで、ヘキサ大佐監督の下で役割分担をした。
お塩、回復。ユッキー、後方アタッカー。ベアちゃん、前衛アタッカー。マウス、前衛盾役。
お塩はほぼベアちゃんの専属ヒーラーで、ユッキーや俺が必要な時は声をかけて回復をもらう。
ユッキーはアイテムで自己回復しつつ、マウスの後ろからぺしんぺしん鞭を振るう。シロクマ戦と同じ動きをしろ、ということだ。
ベアちゃんは、お塩の援護を受けて、マウスとは別方向から攻撃。ただし、回避や防御を重視して大ダメージを受けないよう慎重に立ち回ること。
そして、生肉を主食としたことで高い状態異常耐性を持つこのマウスは、メイン盾である。
竜の真ん前でうろちょろうろちょろして、主にお塩が恐い目に遭わないようヘイトを引きつける。
そして、竜が大きな攻撃をしようとした時、主にお塩の安全のために一気に攻勢をかけて潰す。
指揮を執りながら、それをやれと。
「ヘキサ大佐は、やれと言われてこんなんできるんか?」
「大佐級が、本人も戦闘しながら指揮を執るわけがないだろう。あと、わたしのアクション系の腕前は知っているな? あくまで並みだぞ。できる気がしない」
「自分でもできない無茶ぶりするとかひどい」
「マウス少尉のアクションの腕前は知っている。嫉妬すら追いつかない天才だ。その才能がさらに大きく開花するところを見たくてね」
またそんな見え透いたお世辞を言いよる。
「そこまで言われちゃあしょうがねえ。咲かせてやろうじゃねえの、でっけえカピバラマウスの花火を!」
もちろん、お世辞には全力で乗っかるよ。
ゲームの腕前を褒められるのは嬉しいもんね!
「花火とは粋なたとえだ。一季節も持たずに一瞬で消える才能か。なにやら意味深だな」
「そのすかさず梯子を外してくるのちょっとやめない?」
そういうノリも好きだけどさ!
気合を入れる啖呵を切ったところで、足元をすくうのはこう、力が抜けちゃうんだ!
そんなこんなで本当にこれでいいんかブリーフィングを乗り越えて、よく言えばリラックス、悪く言えば気の抜けた状態で、毒竜バジリスクが居座っている平野にやってきた。
我等竜討伐者Bチームが、そこで見たものとは……!
「うわー、おっきいねえ!」
ユッキーの小学生でも言えそうな感想が全てを物語っている。
でかい。電車みたいな長さのでかい蛇がとぐろを巻いて、平野のど真ん中、街道が交差する場所に居座っている。
あの巨大蛇が毒竜バジリスクなのは間違いないだろう。
蛇を中心に、地面も、生えている植物も、石化している。
なんか木に混じって、人や魔物も石化させられているし。山羊ドクロかぶってる石像まであるじゃん。
「話で聞くのと見るのとだとやっぱり違いますね! なんかもうボスキャラっていうより建造物みたいです!」
お塩の言う通り、邪悪系建築物みたいなところがある。
殺意が高い関所だなー。
「し、師匠、あんなのに本当に勝てるの?」
一番びびっているのが、NPCのベアちゃん。
勝気な熊面も、流石に顔色が悪い。
だが、臆することなかれ。
いくらでかくても討伐対象として出て来た以上、あれは必ず殺せる。
大体、ただでかいだけのボスキャラなんて、なんかのギミックがあってあっさり倒せたりするしな。
「勝てる」
だから、ゲーマー的メタ未来予知を端折って、大事な部分だけ伝える。
「殴れるものはすべからく倒せる。それが竜でも、城でも、殴れるならば確実に倒せる」
一ダメージしか入らなくても、一万発殴れば一万ダメージだ。
でも、回復はやめろ。せめて使用回数に上限はつけておいてくれ。
「さあ、始めるぞ。あれほど殴りがいのあるものはそうそうないからな」
先頭に立って、バジリスクの石化領域内に踏みこむ。
自分の領域に入った存在に気づいたのか、小山のようなとぐろが身じろぎする。
鎌首をもたげ、小さな侵入者に目を細め、不愉快なのか愉快なのか、どちらともわからない擦過音を鳴らしながらゆるりゆるりと近づいてくる。
あー! 緊張するー!
指揮官の重圧半端ないって!
こんなお腹が重く感じるような緊張、電脳桜花隊の臨時メンバーとして大会に初出場した時だってなかった!
これが責任感ってやつかー!
心の中で悶絶して温かいお布団を求めながら、表向きは冷静に、孤高の冒険者と呼ばれた戦士に相応しく颯爽と、緩く拳を握って毒竜を真っ向から見据える。
やっぱりな。
でかいでかいと言っても、その全身が戦闘対象になるわけではない。
向かい合うことになるのは、その頭部周辺だけ。蛇型だから手もない。全体の何十分の一が、攻撃判定があると見える。
これなら尻尾攻撃もないな。
あの巨体で尻尾の薙ぎ払いなどされたら大惨事になるから、当然の配慮だ。
そう思いたい。……たまにそこをぶちこんでくるゲームもある。
特殊攻撃としてならありそうだ。心構えだけはしておこう。
「よし。それじゃあ、打ち合わせ通りにいくぞ。敵の動きがわからない以上、序盤は慎重に。くれぐれも、慎重に!」
なんてこったい。
このビッグマウスのマウス様ともあろうものが、慎重策を口にするとは。
しかし、ここで勇んで全力疾走して、すっ転んだ時に怪我をするのは俺一人じゃない。
世の中のリーダー役はこの重圧を背負っているんだから、そりゃ保守派になるか、周囲を無視して突っ走るワンマンタイプになるわけだ。
マウスは圧倒的常識人なので、周りのことなんて知るかーと突っ走るのは無理かなー。
でも、戦闘においては先頭を突っ走る。
指揮官が最前線先駆け一番乗りで大暴れとかどうなの、それ。
そう思うんだけど、盾役である以上、真っ先に突っ込んでヘイトを奪わなければいけない。
それに、一番戦闘にこなれた俺が、敵の攻撃を引き出して、どんなことをしてくるかを仲間に教える必要がある。
これもいわゆる一つの率先垂範ということでよろしく。
毒竜の頭から擦過音。ただの鳴き声か、それとも攻撃の予兆か。
警戒して睨んだ先、その心がけを褒めるように紫色の球体が出現する。
射撃系の魔法か。射出された紫球を避ける軌道を取ってから理解する。
こっちが避けたのに、紫球は近づいてくる。
そこそこの追尾性能で、弾速もそこそこ。走っていれば当たらないが、歩く程度では避けきれないくらい。
その程度なら、走っているマウスにはかすりもしない。
初撃とはいえ、見た目がこれだけ厳ついボスモンスターとしては、随分と温い攻撃だな?
疑問は警戒心を上乗せする。
案の定、近くの地面に着弾したそれは、紫色の霧を周囲に広げた。その霧をかぶった半身が、ぴりぴりとダメージを受けた反応がある。
この毒竜、イデル近郊で戦ったシーサーペントと同じタイプかもしれない。
そういえば同じ蛇型だし、この毒竜戦のチュートリアルとして、エタソン神が川にシーサーペントを放流したのかもしれぬ。
シーサーペントは水弾で範囲攻撃してきたが、こっちは毒球で範囲攻撃の扱いだ。
かすりダメージ程度ではあるが、毒耐性がなければ状態異常からのスリップダメージもつきそうだ。
これが通常攻撃としてぽんぽん飛んで来るのか。中々えげつない。
「紫の球は着弾後に攻撃範囲が広がる! 恐らく毒の追加効果つき! 狙われたら大きく回避しろ!」
了解の返事を聞きながら、即行魔法『真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす』を発動。
狙いは頭の下の首……いや胴体なのか? まあ、とにかく蛇腹の中で一際目立つ色違いの鱗、多分逆鱗だ。
あれ、絶対なんかあるぜ。
シーサーペントの時と比べてわかりやすすぎるし、狙いやすすぎる。迂闊に触ると自動反撃がくるとか。
だったら、俺以外がまだ毒竜の近くにいない間に、確認した方がいい。
これ見よがしのこの配置、一度は攻撃してみろって誘ってるもんな。
ユッキーやベアちゃんが手を出す前に、盾役が確認しとかないといかん。
マウス、いきます!
アッパーカットを顎の下の逆鱗に叩きこむ。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。いや、蛇はもう出ているのか。竜だけど。
ありとあらゆる危険を予測しての火遊びだったが、それでも予想外の手応えが返って来た。
ガチンという手応えは、ダメージ無効だ。反撃もない。
ノーリアクションとは何事だと、逆鱗の隣に貫手をかましたら、「いてっ」みたいに鳴き声をあげて身じろいだ。
なるほど。これがダメージを受けた時の通常の反応ね。
だとしたら、さっきの逆鱗を殴った時はなんだ。
逆鱗に見せかけた偽物か? 本物を探す手間をかけさせるために?
それにしてもあからさまな場所にある。本当に一体なんの目論見だ。どういうギミック?
う~ん、頭の中が疑問で一杯になりそう……あー、なるほど。
逆鱗(仮)がなんなのかはわからないが、エタソン神の作戦の一端はわかった。
この巨体と戦うってだけで長期戦が確定なのに、序盤から考えごとを増やして疲れさせる気だ。
これは地味な小技だな。
しかし、今の不慣れな指揮官をこなすマウスには効果絶大だぞ。
というわけで、脳を休ませるために、明鏡止水アタックを敢行する!
この攻撃は、ひたすら殴りかかることで無我の境地に至るという、実にブレインマッスルな精神統一方法なのだ!
真冬に滝に打たれながら正拳突きするようなもんである。
やったことないし、やってみたくもないけど。
今この瞬間、俺は考える一本の葦ではなく、考えない一個の拳に過ぎない……。
よし、リフレッシュ終了!
序盤の指示はブリーフィングで決まっているからできる芸当だな。最初のうちは手抜きできるところはしておくに限る。
我を取り戻して周囲を見やると――でかい蛇頭が視界をふさぐように近づいて来たので、とりあえずギカントスマッシュで横に殴り飛ばしておく。
ベアちゃんは、速度を活かしてヒット・アンド・アウェイを開始している。
蛇頭を殴り飛ばした方向に退避しつつあったので、びっくりさせてしまったようだ。ごめんね。
ユッキーは、予定通り俺の右斜め後ろの位置取りを守りつつ、鞭をペシンペシン言わせている。
ちゃんと弱点属性を探っているのか、一撃ごとに鞭の色がカラフル。
お塩はユッキーとは別方向で応援中。
まだ回復のお仕事が少ないからすごく元気がよい。
さて、ここから本格的に戦闘開始だな。
毒竜の攻撃方法は、例の紫の毒球以外に、攻撃速度の速い(しかし範囲攻撃にならない)毒槍もあった。
毒槍の対処は簡単だな。守護者の装束の特殊効果でパリィできる。
これはむしろ、後ろにいるユッキーとお塩が嫌がっている。
反射神経とか、攻撃種類の見極めの速さが求められるからね。速度が遅い毒球は、見てからダッシュで間に合う。
ベアちゃんは優秀だね。
全然食らわないし、装備のアップグレードを適用したおかげで、パリィまでできちゃう。
流石はこのマウスの愛弟子よ!
で、一番やばいのは噛みつき攻撃。
噛みつきなんだけど、でかさのせいで突進攻撃みたいな感じになっている。
鎌首をもたげて、「だれにしようかな~」みたいに狙いを定めて、ロックオン。「君に決めたー!」と大口開けて突っ込んでくる。
俺とベアちゃんは平気。
大きさのせいでかわしきれない時があるけど、弾き飛ばされてちょっとダメージを食らうだけだ。だから実質突進攻撃。
問題は後衛を狙われた時である。
ちょっと油断してた。最初、俺とベアちゃんしか狙って来ないから、「あ、これ接近戦用なんだな。後衛にはやらないんだな」って思ってたの。
そしたら狙われたよね。お塩が。
「わー!?」
あっれ、俺の方を見てないし、ベアちゃんの方も見てないぞー? そう思っていたら、お塩が狙われていた。
接近戦用だと思っていたから指示出しが遅れてしまった。
カピバラ=マウス少尉、痛恨のミス。
お塩がぱっくりと毒竜の口の中に消えて行った。
消えて行った。
え? 嘘でしょ、一撃死?
回復役が最初に落ちるとか、これもう負けじゃね?
まあ、回復役が落ちたのではなく、お塩が落ちたと思えば、うん、案外大丈夫そう。
いやいやいや!
お塩がいなくても大丈夫そうなのは事実だけど、即死攻撃をこれだけ連発してくるってことはないだろ!
ないはず!
ない!
以上、否定形ジェットストリームアタックによって、マウスは精神を持ち直した。
見れば、毒竜の蛇顔がコミカルに膨らんでいる。なにかをお口一杯にくわえているビジュアル!
「総員攻撃! 食われたソルを吐き出させるぞ!」
一定ダメージ蓄積で仲間が戻ってくる、そういうギミックでしょ!
時間内に吐き出させないと丸呑みされて戦闘不能になるかもしれないから、防御より攻撃重視へシフトチェンジ。
盾役に徹して温存しておいたスキルを切るのは今だ!
とりあえず、スタミナ消費軽減と攻撃力向上のスキルは全部乗せて殴りかかる。
てめー、お塩を丸呑みしたら高血圧とか生活習慣病になるぞー!
ぺっ、しなさい、ぺっ!
毒竜の健康のために殴ってやっているのに、食い意地の張った毒竜は、やだやだこれ絶対食べるの、と毒霧をまとって抵抗する。
シーサーペントも使ったポイズンミストだ。使い手が強い分だけ効果も強い。
こっちもレベルと装備が整っているから、影響力は大差ないけど。
俺は毒耐性持ち、ユッキーは影響範囲外から攻撃可能だから、これで困るのはベアちゃんだけだ。
そのベアちゃんが、仲良しのソルが食べられたせいで、攻撃力アップの防御力ダウン状態になってノーガード戦法中。
うーん、お塩に続いてベアちゃんも倒れかねない。
ワンミスの影響が大きい。マウス、反省。
責任を取って、ボディブローの連打で吐き気をもよおさせる。
へいへいへーい、どこに肝臓あるかわからないけどリバーブローだ!
幸い、必要ダメージ量は甘めに設定されていたらしく、ベアちゃんがダウンする前に毒竜に限界が来る。
うえっぷ、みたいな効果音を立てて、地面に向かってお塩が吐き出された。
うわ、結構高いところから勢いよく落とされたぞ。二階から飛び降りるくらいの恐さはありそう。
「へぶわ!?」
「ソル、平気!?」
べちゃっと地面に落下したお塩に、毒状態のベアちゃんが駆け寄る。
お塩のHPゲージはそこそこ減っているが、落下ダメージはなかったようだ。あら、優しい。
どっちかっていうと、駆け寄るベアちゃんのHPの方が減っている。
「あ、ベアちゃん、ありがと。大丈夫だよ、落下系の絶叫アトラクションみたいで楽しかった! こう、高くまで持ち上げられて、一気に落とされるやつ!」
「ええ? あ、そう……まあ、それは、よかった、ね?」
お塩ってば、本当に頑丈。
ベアちゃんが引くくらいだよ。あの耐久力の高さが、のほほんとした雰囲気の根源なんだろうか。
ともあれ、お塩も無傷ではないし、毒状態ではある。
「ソル、先にベアの解毒と回復! 次に自分の解毒と回復! 戦線の立て直し!」
「あ、はーい! わかりました、せんぱーい!」
いいご返事!
こっちまで元気になるわ。
お塩からもらった聖なる元気で、俺もスタミナ回復を図る。
お塩の笑顔を太陽代わりに、日向ぼっこする心地でじっとするんだ。
効果は(俺の中では)絶大だ!
なお、システム上は通常の自然回復である。いやー、お塩救出のためにガンガン使ったから、大分減ってた。
やっぱりこの巨体を相手にするには、スタミナ管理が重要になってくる。
スキルをあれこれ使っても、丸呑みアクションを潰した後は、スタミナ回復に専念しなくちゃいけない量まですり減っている。
下手したらスタミナ切れもありえた。
エタソン神の調整の絶妙さが光るね。
調子に乗って序盤から攻撃重視で戦っていたら、スタミナ不足でお塩がいきなり戦線離脱になっていたかもしれないのだ。
このマウスの火力を、ここぞって時のために温存しておくのは、やっぱり正統派の作戦だったんだな。
毒槍をパリィしながら頷く。毒球だったらまたスタミナ減るところだから、運がいい。
「ユキ! 属性攻撃はどんな感じだ?」
「火属性の効果が大きめ! でもこれだけおっきいと、減らせてる気が全然しなーい!」
目に見えた成果が出てないことで、ユッキーは若干お冠の様子。
苛立ちながら鞭を振るう姿は、まさに悪役令嬢。
……ダメだ、中身がユッキーだから残念可愛さが隠しきれない。
見た目通り、毒竜のHPを削り切るのは時間がかなりかかりそうだ。
だから、逆鱗があれだけわかりやすいところに見えている、と思ったのだが――狙ったのか偶然か、ユッキーの鞭が逆鱗を叩くが、相変わらずノーダメのエフェクトだ。
鍵はやっぱり逆鱗だな。
どう考えても怪しい。
単に囮用の見せ逆鱗だとしたら、普通に他の部位と同じダメージが入る方が自然だ。
ダメージ無効ということは、有効になる時があるか、有効にする方法があると思われる。
毒球を避けながら周囲を見渡せば、周囲には石化した道があるだけ。
石化した魔物や山羊ドクロはあるが、それが毒竜に影響を与えるとはちょっと思いづらい。
色違いの石像でもあれば、試しに砕いてみるのだが、変わったものも目につかない。
いや待て。
石像がこれだけあって、戦場の足場自体が石になってるのに、この蛇野郎は毒攻撃しかしてこない。
バジリスクの代名詞ともいえる石化攻撃はどうした?
その気づきに、マウスのゲーマーセンスが吠えた。
そりゃもう満月を背負う狼のようにアオーンと吠えた。
いや、チューチューか。ネズミ的に正しいけどいまいちかっこよくないなー。
まあ、とにかく、石化攻撃だ。
バジリスクの名前を使っているなら、絶対にあるはずのそれが、まだ来ない。となれば、それは通常攻撃ではないだろう。
なんらかの溜めや反動を必要とする、必殺技。
シーサーペントが使ってきた巻き付き攻撃は、失敗すれば無防備にダウンする可能性があった。
あの一戦がこの戦いのチュートリアルだったとすれば、同じようなギミックがあるのではないか。
たとえば、石化攻撃にエネルギーを使う分だけ、どこかの守り弱くなるとか。
完璧な推測、いや洞察だ。
このマウスのゲーマーセンスが超新星爆発のように輝いている。
丸呑み攻撃以外で攻勢をかけるとすれば、そこだ。
「全員に通達する! 攻撃は控え目にしてスキルとスタミナを温存! 攻勢をかけるのはさっきの丸呑み攻撃の救出する時、それから予測される石化攻撃の時だ! ソル、その時は俺にも攻撃補助系の支援をくれ!」
はーい、と返事だけはいいゲーム部員の二人。
困惑しながら、戦闘的には大変よろしい返事をして来たのはベアちゃんだ。
「師匠、石化攻撃の時って、えーと、そのー、はっきり言うといつ!?」
「それは見てみないとわからん。わからんが、その前後であの逆鱗に攻撃を通せるようになるはずだ」
「え、そうなの!?」
びっくりした声は、返事だけはよかったゲーム部員の二人だ。
うん、言うことを疑わないのは仲間として嬉しいけど、目的が理解できなかったらちゃんと聞き返してくれるともっと嬉しい。
ともあれ、三人まとめて、このマウスの天才的なゲーマーセンスから導かれた結論を教える。
「周囲にこれだけ石像並べているのに、ここまで石化攻撃は一切なし。つまり、石化攻撃は使えるが、簡単には使えない理由がある。それは石化攻撃をするとなんらかのデメリットが発生するから。勝ちが確定した時か、リスクを冒さねば勝てない強敵にしか使わないようにしている」
ゲーム的には、戦闘開始から一定時間経過しないと使わないようになっている。
「そんなところだろう?」
毒竜バジリスクを笑って見上げると、ちろりと舌を出した蛇顔が、にんまりと笑ったように見えた。
それは、餌以上の敵を前にした、戦士の笑みに似ている。
俺、爬虫類も結構好きよ。ツルッとした質感も好きだし、顔立ちにも愛嬌を感じるんだよね。
まあ、敵として出て来たら殴るんだけど。
俺達の会話を受けて、エタソン神が「盛り上げるぞー」ってなったのか、毒竜が初めて見せる動きを始めた。
その場でとぐろを巻いて、邪悪系建築物みたいにそびえ立ってこちらを見下ろして来たのだ。
「石化攻撃、来るぞ! 警戒と攻撃準備!」
このタイミングでそれ以外やってこないよね?
信じているぞ、エタソン神。
あ、サーバーの熱暴走はおさまってるよね?
大丈夫だった。
毒竜バジリスクの頭にある王冠のような毛が輝き、目を大きく開いたと思ったら、そこから怪光線を発射した。
闇を切り裂くサーチライトのような光線は、石化した地面に石の層を重ねながら標的を追い回す。
「ベア! お前が狙いだ、回避専念!」
「わかった!」
意図を汲んだベアちゃんが、バジリスクから離れた方に走り出す。
逆にバジリスクに突っ込む俺や、その場で鞭を振るい始めたユッキーに流れ弾……流れ光線がいかないように、ちゃんと考えられた方向だ。
ベアちゃんが標的で助かる。
これがユッキーやお塩だったらすぐに怪光線に掴まる、だけならいいんだけど、味方と衝突とかしそうだし。
それに、AGIの高いベアちゃんがあの怪光線を逃げ切れるかどうかは、いい試金石にもなる。ベアちゃんで逃げ切れないなら、食らうこと前提の攻撃なのだから、全力で逃げる必要はない。
「ソル、ユキと俺にバフを! その後はベアの回復のためにスタンバイ!」
ベアちゃんと怪光線の鬼ごっこから一度視線を切り、俺は楽しいアタックチャンスに意識を向ける。
とぐろを巻いた段腹の上、ダメージ無効だった逆鱗が、今なら話は違うぞとばかりに発光している。
全てこのマウスの読み通り。シーサーペント戦の焼き増しのように、俺は毒竜の段腹に足をかけた。
見据えるのは逆鱗。
その標的に、予想外の真っ赤な軌跡が走った。
その正体を、俺は知っている。しかし、咄嗟には信じられずに、驚いてしまう。
今のはなんだ!
ケチャップか? 赤信号か?
いいやユッキーの魔法鞭だ!
嘘でしょ、あのユッキーがタイミングばっちりで攻撃をしてくれるとかミラクルか!
しかも、ちゃんと逆鱗に当たった。かなり距離があるから外してもおかしくなかったのに。
こいつはファインプレイだ。
逆鱗への攻撃の結果を問う。
「ユキ、ダメージは!?」
「入った! いける!」
応答も完璧かよ。
短くて十分とは言えない言葉の数に、欲しい情報が返ってくる。
チームになっている、チームプレイができている。この実感、ちょっと気持ちいいな。
ユッキーの援護のおかげで、俺の手番から「様子見の一発」を省くことができる。
一発目から強打を狙える。
ユッキーのファインプレイをちゃんと活かさないとな!
単発の威力を上げるスキルを使い、光る逆鱗を思い切り殴りつける。無意味に力んでしまったのは、テンションが上がったせいか。
逆鱗に叩きつけた拳から、心地いい手応え。
毒竜の悲鳴と共に足元のとぐろが揺れる。ふはは、足場が揺れるくらいで攻撃が温くなるマウスではないぞ!
徒手空拳のいいところは、重量のある武器を振り回さないから、足元の不確かさの影響を受けづらいことだね。
「し、師匠! それもっとやって! もっと殴って! かわすの結構きつい!」
眼下からの情報にちらっと視線をやると、ベアちゃんがぜえはあ言ってた。
高所からサーチライトを当てられただけで石化するんだから、そりゃ避けづらいよね。素早いベアちゃんであの有様なら、ユッキーやお塩だと確実に石化させられる。
だが、どうやらダメージを受けると、石化光線の照準がブレて回避が楽になるようだ。
任せたまえ!
単発強化系スキルのクールタイム中は、連撃強化系スキルで回す。
ガッツンガッツン逆鱗を叩き、時々ユッキーの魔法鞭に叩かれる。
うーん、ユッキーのミラクルでも誤射はなくならないみたいだ。まあ、逆鱗にダメージが入る方が大事だから、俺ごとやってくれて構わないけど。
毒竜君はシャーシャー悲鳴を上げながら石化アイビームを照射し続けていたが、我慢の限界が来たようでとぐろを解いた。というより、崩れた、って感じだ。
椅子の上で正座していたら椅子を蹴っ飛ばされて倒れ込んだような有様。
サイズがサイズなので、ちょっとした地滑りのようなとぐろ解除に弾き飛ばされた俺はかっこよく三転着地を決める。
あ、高さの割にダメージ判定がない。どうやらそこら辺は優しい設定のようだ。
着地硬直から復帰すると、毒竜も石化アイビーム形態から通常攻撃形態に復帰して、元気よく一吠え。
「これで一巡ってわけだ。あとはこれの繰り返しで逆鱗を割ればこっちの勝ち、と」
逆鱗の破壊具合によって、攻撃パターンの増加や頻度の上昇くらいはあるだろうから、そこは気をつけないといけないな。
うん、でも、このチームで十分にやれそうだ。この調子でいこう。
そう声をかけようとして、ベアちゃんの声で超重要情報が飛びこんできた。
「師匠、皆、これまずいかも!」
振り向けば、ベアちゃんがグローブを外した手を突き出している。
年頃の女の子らしい健康的な肌色のお手々が、セメントを塗り付けたみたいなネズミ色になっている。チュー。
「石化を解除しても、なんかこう、石化の芯みたいなものが残っちゃう!」
なるほど。
ベアちゃんが最初に狙われたのは、偶然ではなく、エタソン神の指示で、この説明のためだったのか。
多分、NPCのベアちゃんには見えていないだろうけど、俺達プレイヤーの目線には、エタソン神の丁寧な説明書きがポップしている。
『王蛇の呪い。バジリスクの石化攻撃によって呪いは蓄積する。蓄積量に応じて、石化攻撃で完全に石化するまでの時間が短縮される。この呪いはバジリスクを討伐することでのみ解除される。』
つまり、全員がすぐ石化する状態にさせられて詰む前に、毒竜を倒せってことね。
よくわかった。
確かにこいつは高難易度だ。




