バーバリアン流の教え
――女神との邂逅を経て、貴方は邪神の正体を知った。それでも、貴方のやるべきことは変わらない。傍らに寄り添う誰かの笑顔を守るため、誰かと一緒に笑うため、貴方は邪神と戦う道を選んだ。いつもそうして来たように、一人でも戦うのだろう――
『邪神に対抗しようとする勢力との共闘体制が整いつつある。しかし、敵もそれを予測して手を打っていた。敵の企みを蹴散らさなければならない。来たる王都への進出に向けて、できる限り有利な状況を作り出そう』
ゲームを起動したら、ヘキサの要塞だったよ。
遺跡探検から無事帰って来て、お友達の家にお泊りしている感じだな。
厳ついおっさんとか、槍や剣が一杯のスリリングな友達の家。めっちゃ楽しそう。ご近所に一件は欲しい。
部室の報告会で、次のシナリオはちょっと皆で集まろうって話になったので、今回はゲーム内で一度集合することになっている。
バラバラにシナリオを進めてもいいけど、全員で一度は協力プレイをしようってユッキーが言ったのだ。
約束の時間まで暇なので、屋外訓練場で厳ついおっさんと模擬戦闘することにした。
そしたら、なんかベアちゃんも模擬戦していて、おっさん達の人気者になってた。
お塩のシナリオの方で、ヘキサ騎士団の兵士達と一緒になって防衛戦闘とかしたんだって。
うちの弟子、どんな感じでした?
師匠としてこそっと聞いてみたら、ご活躍だったらしくて、「ありゃあ大したもんだ」と褒められてちょっと嬉しい。
実際、ベアちゃんとも手合わせしたけど、かなり強くなってた。
「かなり防御が上手くなったな?」
フェイントを入れて連打したのに、いい有効打が取れなかった。
これは悔しい。素直に褒め言葉が出て来なかったくらいだ。
でも、それも含めて感心したことがわかったのか、ベアちゃんの口元がはっきりと笑った。
「師匠が教えてくれたからね! 戦って戦って戦いまくったよ!」
むううぅ! 見事なり我が弟子!
この短期間でよくぞバーバリアン流の極意を体得した!
この師と一緒に脳筋と呼ばれる権利をやろう!!
「だが、俺もその攻撃は食らわんぞ」
同じようにフェイントからの連打をしてきたベアちゃんを軽くさばく。
綺麗にコピーしてやり返してくる辺りは、流石はNPCである。
「さ、流石は師匠、あたしより綺麗に受けるよね」
「その辺は年季だな」
半端なプレイヤーなら自分の攻撃パターンの分析なんかしないから、コピー攻撃に面食らうかもしれないけど、俺はちゃんと自己分析できてるから余裕ぞ。
「あと、師匠も防御が上手くなってない?」
「ああ、気づいた? 今回の遺跡探検で、大物相手に防御重視で戦ったせいか、防御系のスキルが増えたんだ」
攻撃力上昇の「鉄拳」が、攻防どっちも上昇する「鉄腕」になった。
あと、デカブツ相手に気張った防御を連発したせいか、防御行動の際に反動が減少する「不動」。
単純に防御力が上がる「鉄腕」と、防御行動をしやすくなる「不動」が組み合わさって、かなり防御力が上がった。
次こそはゲーミングシロクマを倒してみせるぞ。
ちょっと異質なのは「一連托生」かな。
同じスキルを持つ相手のダメージを肩代わりできる。身代わりスキルは防御系になるんだろうか?
「うぅ、あたしもスキル増えたのに、師匠も増えたんじゃ差が縮まらない。ちょっとは近づいたと思ったのに……」
「馬鹿者、スキルが増えたくらいでなんだ。最後に頼りになるのは素の力だぞ」
イベントによってスキル使用禁止、とかあるからね。
便利だからとスキルに頼り過ぎちゃいかん。ましてや、ゲームが変わればスキルなんて様変わりするんだ。
徒手空拳の使い手たるもの、本当に鍛えるべきは、純粋なる戦闘技術であるべきだ。
「なに一つ手の中にない時でも、気に入らんことはどうあっても気に入らんと、文句を握りしめた拳は作れる。その拳を、スキルがないから、武器がないからなんて言い訳で引っ込められるなら、始めから鞘に納められる剣や槍を握っておけばいいんだ」
拳は、いつだって直情を叩きつけられる凶器であるべき。
これこそバーバリアン流の教えである。
創設は一秒前だ。できたてほやほや!
「おおぉ、カッコイイ! 流石、師匠!」
だろう? 俺もそう思う。
「お前も、相手が誰であろうと、場所がどこであろうと、嫌なことは嫌だと、ダメなことはダメだと叩きつけられるように、その拳を鍛えるんだぞ」
「わかったよ、師匠! あたし、強くなるよ!」
「その気合いだ。強くなるためには――」
「戦って戦って戦えばいい!」
大正解!
俺が大きく頷いて背を押してやると、ベアちゃんは目をキラキラさせて、兵士のおっさん達に模擬戦を挑みにいく。
鮭を前にした熊さんのようなその勢いは、まさにバーサーカー。
善も悪も踏み砕いて我が道を進む、覇道の足取りである。
その背中を、師匠として目を細めて見送った後、俺も兵士のおっさん達に声をかけに行く。
おいおい、待てよ、どこに行こうってんだ?
へっへっへ、こんなところで厳ついおっさんがブラブラしてちゃいけねえな。
こんなところにいるくらいなんだ、遊びたいんだろう?
俺とちょ~っと遊ぼうぜ。大丈夫、痛くしない、痛くしないからさあ?
ちょっとだけ、ちょっとだけ模擬戦するだけだからさあ!
その後、集合時間まで腰が引き気味のおっさん達と激しくぶつかり合ってヒイヒイ言わせてやった。
****
「ヘキサ、もうちょっと騎士団の連中のレベルを上げておいた方がよくない?」
おっさん達の歯応えがいまいちだったので、指揮官に親切心から進言しておいた。
要塞の指揮官室で、集合時間より先に待っていたヘキサは、頤に手を添えて考える素振りを見せた。
「それは、うちの兵のレベルが低く見えたと言うことだな? どういう基準でそう感じたんだ?」
「さっき訓練場で暇潰しに模擬戦したんだけど手応えがなくて」
「そんなことだろうと思った」
顎に添えた指を離し、ヘキサはなにかをペイッと放り捨てた。
「それならば、なにも問題ないから心配するな」
ええ、真に~?
イデルの冒険者ギルドで乱戦した冒険者みたいなもんだったよ、あの連中の力量。
お塩の支援なしでベアちゃんが勝てちゃうレベルしかないよ?
「一兵士がマウスを満足させる力量をしていたら、敵の強さも上げなくてはいけないだろう。このシナリオを地獄のような難易度にしたいのか」
大抵のゲームにおいて、地獄っていうのは高難易度という意味である。
難易度選択肢そのものに、インフェルノとかヘルとかがあったりもする。
「俺は大抵その地獄で遊んでるんだが?」
「これがマルチプレイだってこと、折に触れて言わないと君はすぐに忘れるようだな?」
ぎろっと睨まれて、俺は素直にごめんなさいをした。
「マウスが満足できる難易度に調整したら、お塩やユッキーが困るだろう。ある程度、君と同じ敵と戦わなければいけないんだぞ? シミュ系のわたしやシシ丸も、二人ほどではなくとも困るだろうしね」
「や、でも、その辺の調整ができるんじゃないの、このゲーム?」
カスタム・シナリオと銘打ったエタソンの、隠れたすごいところはそれだ。
プレイヤーごとの力量差を読んで、それぞれ満足のいく難易度調整までしてくれる……らしい。
実際、今のところ、俺は結構満足している。
そう伝えると、ヘキサは苦笑した。
「AIの涙ぐましい努力が垣間見えるようだよ。ユッキーとマウスのゲームの腕前の差を考えると、かなり調整が必要だろうからね」
「うーん、そうなのか?」
「敵が強すぎると、お塩とユッキーが楽しくプレイできない。敵が弱すぎると、マウスが楽しくプレイできない。多分、マウスのステータス上昇やスキルが強くなりすぎないようにしつつ、戦闘時の条件を工夫して、マウスの満足の行く歯応えを出していると思うよ」
「ほーん? そういやそうかも?」
パサン戦は、はっきり歯応えがなかった。
その後は、ユッキーと離れて陽動作戦だったり、ユッキーを主戦力にして守る耐久戦だったり。言われてみればなるほどって感じ。
「エタソン神もがんばるなー」
「そのがんばりについて、マウスとしてはどう評価している?」
「うむ。久しぶりのマルチ、めっちゃ楽しんでる」
「それは、ゲーム制作陣も喜ぶだろう」
ヘキサは背もたれに体を預け、満足そうに赤い唇を緩めて、言葉を続けた。
「わたし達もね」
言葉の意味を捉え損ねて首を傾げた俺に、今度は笑い声が上がった。
ヘキサには珍しい、大きな笑いだった。
「マウスとゲームを一緒にするのが楽しい、と言っているんだよ」
マジかよ。
え、ヘキサ、急にデレるじゃん。
普段はシシ丸にツンデレ、お塩にデレデレ、ユッキーにゲラゲラ、マウスにはツンツンなのに。
珍しい事態に、ほへえ、とか間抜けに驚いてしまう。
この隙を逃すまいと、ヘキサはさらにデレの追撃を仕掛けてくる。
「少し遠巻きになっていることが口惜しいくらいだ。アクションが得意だったら、戦闘に同行するんだけどね。流石にわたしまで足手まといになったら、AIも調整しきれないだろうから、今回は見送るよ」
からかう口調に、かすかな柔らかさを隠して、ヘキサは肩をすくめた。
「シシ丸も同じで、ちょっと悔しがっているよ。けど、今回は影に徹すると言っていた。久しぶりのマウスのマルチプレイ、しくじらせるわけにはいかない、なんてすごい気合いの入れようだよ」
流石に、そこまで言われると俺もお道化た態度が尽きる。
喧嘩するほど仲がいい、みたいなところがあるシシ丸にまで、優しくされるとは。
「そうか。や、なんか、気を遣わせたな?」
ひょっとしたら、ヘキサもシシ丸も、その辺の調整も考えて、スタート時のキャラ設定を考えていたのかもしれない。
二人の気遣いの上で、楽しくプレイさせてもらっていたとは、ちょっと申し訳ない。
「これくらい大したことはない。友人なら当然のことだ。ゲーム内でも、ゲーム外でもね」
その申し訳なさはいらないよと、ヘキサが言う。
「でも、そう思うなら、またこうしてゲームをしよう。今度はわたしとシシ丸も好きにプレイさせてもらおう」
わかった、と頷いて、次のゲームプレイを思う。
自然と、唇の端が上がった。
「そいつは、次のプレイも楽しみだな」
「その顔。マウスのゲームプレイに振り回されて、苦労する未来が見えるようだ」
嘆くヘキサの赤い唇も、同じように弧を描いた。




