輪舞という名の邂逅
八人が最後の一歩を開いていた。
◇
倒れた者たちの傍らをアリシアは歩いた。
ブルーノが、マルコが、セオが、エドガーが、ジュリアンが、ニコが、みな血にまみれて地に伏していた。だが誰ひとり地面より先には倒れていなかった。膝をつき、肘をつき、それでも顔だけは前へ向けて最後の力で道の両脇に伏していた。倒れた者たちがまっすぐな一本の道をつくっていた。
ブルーノは道のなかばで、ひしゃげた腕を地について俯せていた。マルコはその先に裂けた背を上へ向けて崩れていた。セオは折れた指のまま、地に書きかけの線を残して伏し、エドガーは汚れてなお背筋だけはまっすぐに保っていた。ジュリアンは引き起こしかけた者の手を、握ったまま倒れていた。ニコはいちばん奥の縁で、痩せた背を最後の盾にして伏していた。みな、顔だけは道のまん中へ向けていた。あたりには、鉄の匂いと闇の残した土の匂いが混じって立ちこめていた。
ずっとわからなかった。八人がいったい何を待っているのか。
いまわかった。待っていたのは、これだった。彼女が——主が、器が、この道を歩いて中心へ踏み込むこと。それだけを八人は待っていた。
アリシアは歩いた。倒れた者たちの誇りを踏まないように、その血の道をまっすぐに。
血は敷石の窪みに溜まり、道のなかばで黒く光っていた。彼女はその溜まりを避け、伏した手の指を踏まぬよう、踵を選んで置いていった。裾はとうに裂け、歩くたびに倒れた者の肩をかすめて揺れた。足の裏が血で滑った。それでも、歩調は乱れなかった。
アリシアの背後には、ガレスがいた。前線へは出ず、血の道にも下りず、道の起点に岩のように山のように立っていた。声もなく位置も変えず、ただ彼女の後ろで動かぬ地面となっていた。彼女が前へ踏み出せるのは、後ろにこの動かぬものがあるからだった。ガレスは最後まで、そこに在りつづけた。
道の果ては、まだ遠かった。蒼い闇が幾重にも垂れこめて、その奥はよく見えなかった。だが、いちばん深いところにひとつだけ、ほかと違う気配があった。荒れ狂う闇のただ中で、そこだけが溺れる者のように沈んで、震えていた。アリシアの足は、その一点へ向かっていた。
——行ってこい。声にならぬ声が両脇から彼女を押した。
◇
その途中にひとりの娘が立っていた。
ノエラだった。戦いには関わらず、ただそこに在った。古い、落ちた線の名残のように。彼女は何も知らなかった。なぜ自分がここに立っているのかも、なぜ胸の奥がいまかすかに鳴るのかも。
ただ感じていた。なにか古いものがいま結ばれようとしている。それが何かはわからないまま、ノエラは目を伏せ、その符合に静かに身を委ねた。
知らぬまま、頷くように。
◇
中心に僧の残響が立っていた。
——いつか、あなたも。
アリシアは足を止めなかった。討つ気も、応える気もなかった。この残響はもう何者でもなかった。己の命をくべて闇を起こし、その闇に離れられて、ただ薄くここに残っているだけだった。討っても討たなくても、起きた闇は男を離れて転がりつづける。
だから通り過ぎた。答えは、この男ではなかった。答えは、その奥にいた。
中心のいちばん深いところに少年がいた。拾いすぎて、溺れて、なお沈みつづける少年が。ライナだった。
蒼い闇が猛り狂って彼女に襲いかかった。いや、襲いかかったのではなかった。闇は誰を狙うのでもなく、ただ荒れ、ただ溢れ、その渦の中心に少年がいるだけだった。
アリシアは踊るようにそれをかわした。
迫る蒼い波のひと打ちを、半身をひいてかわした。次のひと打ちを、爪先で軸を移してそらした。打たれて退くのでなく打ちと打ちのあいだの隙へ、すべり込むように進んだ。裂けた裾が回るたびに血の上を掃いて、赤い弧を引いた。腕の一振り、足の一運びに無駄がなかった。
裂かれた裾が舞った。襲うものを品をもっていなした。最初から引かれていた線を、ただなぞるように。烈しさの中で、彼女の所作だけがふしぎなほど静かだった。これは戦いではなかった。近づくための輪舞だった。
冷たいまま、強いまま。ひとつだけ伏せていたものがいま伏せきれずに前へ出ていた。かつて一度だけ疼いて、布の下へ戻した慈悲。それが布を割ってまっすぐ少年へ向いていた。だが優しさではなかった。救えぬものをそれでも慈しむという、冷たい覚悟だった。
◇
少年の前にアリシアは立った。
握ってきた手がひらき始めた。十何年、采配のために握り潰してきた拳が少年へ伸びるために、すこしだけほどけた。
触れた。繋がった。だが、まだだった。
その瞬間、遠くから視ていたものが、拾っていたものが、はじめて直に繋がった。距離を越えて拾うのでなくいま手のひらから手のひらへ、じかに届いていた。少年の中で荒れ狂うものが彼女の中へ流れ込んできた。
触れた掌から、重いものが手首へ、肘へと這い上がってきた。氷でも炎でもない、ただ途方もなく重いものだった。その最初の重みに彼女は一度、息を止めた。指先がわずかに震えた。それを、握りかけの形のまま、押し殺した。
少年が目を見ひらいた。誰もこんなふうに触れてはこなかった。誰も彼の業を、こちらから迎えにきたことはなかった。
——届いた。
だが、手はひらき始めたばかりだった。まだ完全にはほどけていなかった。流れ込んできたものを彼女はまだ受け止めきってはいなかった。繋がった、けれど終わってはいなかった。
ここから先はまだひらかれていなかった。
握りかけの手のまま、令嬢は少年に触れていた。




