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肉という名の盾

道はもう定まっていた。あとは歩くだけだった。

夜が裂けて、決戦が始まった。

蒼い闇が津波のように庭へ押し寄せ、それを八人が生身で、技で、誇りで受け止めた。盾となった八人が前へ出て、闇の最初の一撃をその身に受けた。

闇は冷たかった。触れたところから熱が引いて、肌が、肉が、芯から凍えた。掘り返した、底のほうの、生きていない土の匂いがした。蒼く見えて、ぶつかればそれは岩のように重かった。受けた八人の足が敷石へめり込んだ。波が引くとき、皮膚を裂くような細かな氷の粒があとに残っていった。

退けるためではなかった。八人は闇を討たなかった。ただ来るものを身体で受け、こらえ、また受けた。アリシアの采配がその八人を支えた。どこへ立て、いつ退くな、と冷たく差配する声が崩れかける外殻を一手ずつ繋ぎ留めた。

だが闇は退かなかった。

闇は退かず、波のあとにまた波が満ちた。引いては満ち、満ちては引き、そのたびに水嵩がひとまわり増した。受ける腕にかかる重みが一打ちごとに増していった。

ひとりが膝を折った。盾のまま、前を向いたまま。次のひとりがその位置を埋め、同じように沈んだ。

崩れる音は、それぞれに違った。骨の鈍い音、肉を裂く湿った音、鎧の留具がはじける高い音。冷えた庭にそれらが重なって響いた。倒れた者の背から立ちのぼる血の温みだけがその凍えた闇の中で、つかのま熱かった。

ブルーノの腕が鈍い音を立てた。あの盾の夜に軋んでいた岩のような腕が際限なく押し寄せる重みに耐えかね、肘の上でひしゃげた。それでもブルーノは腕を下ろさなかった。ひしゃげた腕で、なお波を受けた。こらえた歯のあいだから、骨の鳴る音が漏れた。

マルコの背では、古い裂け目の上を新しい裂け目が走った。先の夜に爪が裂いたあの背だった。血が背を伝って腰へ滴り、石を黒く濡らした。マルコは声を上げなかった。膝を折り、肘をつき、裂けた背で崩れの穴を塞いだまま、それより先へは沈まなかった。

セオは、倒れながらも数えていた。どの石がいつ砕け、次の波がどこから来るか。崩れの底に目を凝らし、ここだ、と短く言った。その一言のほうへジュリアンが身を投げ、ひらきかけた穴がひとつ塞がった。セオの指は、もう二本が折れていた。それでもセオは、折れた指で地を擦り、次に崩れる位置を線で示しつづけた。声が掠れても、その頭だけは最後まで、冷たく透き通っていた。

エドガーは、崩れてなお姿勢を崩さなかった。背を伸ばし、膝を揃え、血と泥にまみれた所作のまま、一寸ずつ沈んでいった。かつて人を立場に縛り、檻に収めるための作法だった。その同じ作法がいま、倒れる体の最後の傾きを律して、隣で砕けかけた者の肩を、形のまま支えていた。汚れても、エドガーの伏し方だけがふしぎなほど整っていた。

ジュリアンは、倒れた者を地に置き去りにしなかった。崩れかけた肩を掴んで引き起こし、引き起こしては、また次の手を取った。己の脇腹が裂けて、熱いものが脇を伝っていることにも構わなかった。それでもジュリアンは、裂け目を片手で押さえ、もう片手で、また一人を血の中から引き起こした。足は血に滑り、何度も膝をついた。それでもジュリアンは、立っては引き起こし、また立った。

ニコは、いちばん後ろにいた。いつものように末席に。倒れた者をひとり、またひとり、自分の背の後ろへ送り、自分はいちばん危うい縁に残った。痩せた肩が波を受けるたび、薄い背が軋んで鳴った。それでもニコは退かなかった。誰も見ようとしない、誰も来たがらないその場所を、最後まで誰にも譲らなかった。

誰も上品には倒れなかった。歯を食いしばり、折れた骨で踏みとどまり、裂けた肉で穴を塞いだ。外殻が一枚また一枚と砕けては、その砕けた身体がそのまま次の盾になった。

血が流れ、敷石に溜まり、溢れた。受け止めるとは、こういうことだった。

倒れ伏した者たちが膝と肘で地を噛んで、なおそれより先へは沈まず、一歩ずつ中心への道をこじ開けていった。

その中心にひとりの男が立っていた。

——いつか、あなたもこちらへ。

聞き覚えのある声だった。あの僧だった。情けを捨てきり、すべてを檻の理屈で割り切った確信の人だった。だが、もう生身ではなかった。この闇に己の命をくべて、それを起こした者だった。いま立っているのは、捧げたあとに残った薄い残響のようなものだった。

それでも、その顔は理解者の顔をしていた。お前も捨てきればここへ来られる、と。お前の冷たさは、私の同類だ、と。

アリシアはその男を見た。

討てば終わるのか、と一瞬思った。だが、すぐに解った。——終わらない。この男はもう自分を捧げきっている。討っても討たなくても、この男が起こした闇は、男とは関わりなく世界を呑みつづける。闇は誰を狙うのでもなかった。男が起こし、男を離れ、無人称のまま転がっていた。

討つことは、答えではなかった。

そして、この男こそ彼女が選ばなかった道の行き着いた果てだった。情けを捨てきった者。彼女は、捨てきれなかった者。同じ冷たさから、正反対の岸へ。——だからこそ、彼女の道はこの男の道ではありえなかった。

八人が最後の一歩を開いた。

倒れ伏した者たちの肩の向こうに中心への道がまっすぐ通っていた。アリシアはその道を見た。そして足を前へ出した。

十何年、動かさずに律してきた采配の足がいま歩き出していた。据えた意志がはじめて前へ動いた。冷たいまま、強いまま。優しくなったのではない。ただ、向きが中心へ定まっただけだった。

だが、手は握ったままだった。

ほどく時ではなかった。触れる時でもなかった。彼女は歩いた、だが、まだ届いてはいなかった。閾の手前で、握った拳のまま、彼女は中心へと向かっていた。

決戦は、その一点へ収束していった。八人が開いた道の先、闇のいちばん深いところへ。そこに拾いすぎた少年がなお溺れていた。

——もうすぐ。

まだ触れなかった。まだほどかなかった。だが足は止まらなかった。

握った手のまま、令嬢は闇の中心へ歩いていった。


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