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涙という名の塊

新しい庭師はシリルと名乗った。

穏やかな、よく晴れた湖のような目をした男だった。声は低く、優しく、その手が触れると、枯れかけた薔薇さえ、息を吹き返すと、庭師仲間は囁いた。事実、彼の通ったあとの庭はどこか、生き返ったように青々としていた。

八人目だった。

これで雇った覚えのない男が八人。アリシアはもう数えることに意味を見出さなくなっていた。ただ、この男の慈愛が、あまりに深くあまりに静かなことだけがほかの七人とはまた少し違う気配を漂わせていた。優しすぎるものは時に底が見えない。

その頃にはトマの異変を屋敷じゅうが知っていた。

夜ごと、北へ歩き出す門番。名を呼んでも振り向かない。目の焦点が誰のことも映さない。使用人たちは怯えていた。

「あれはもう人ではございません」家令が青ざめて、進言した。「憑かれたか、病んだか。屋敷に置いておいては危のうございます。どこぞへ移すか、いっそ……」

始末をと。家令は最後まで言わなかった。だが言いたいことは明らかだった。

それが当然の采配だった。危険なものは除く。家を守るために。冷酷な令嬢なら、迷わない。トマ一人と、屋敷じゅうの安全を秤にかければ、答えは決まっている。

そのとき、シリルが静かに進み出た。

「私がお預かりしましょう」湖のような目で彼は言った。「庭の離れに。あそこなら、誰にも障りはございません。——トマさんはまだ屋敷の人です。私が診ます」

シリルだけがトマに触れることができた。怯えてすくむ使用人たちの中でシリルだけがその冷たい手を両手で包み、穏やかに離れへと、導いた。トマは抗わなかった。シリルの手の中でだけ、抜け殻の足が少し人のように歩いた。

慈愛の手だ、と、アリシアは思った。触れるだけで人を人のほうへ引き戻す手。

数日後、アリシアは離れにシリルを訪ねた。

トマは寝台に横たわっていた。目を開けたまま、天井の向こうの遠い北を見つめて。シリルがその枕元で薬草をすり潰していた。

「どう、なの」

「お薬は効きません」シリルは手を止めずに言った。「熱もない。脈も乱れていない。体はどこも病んでおりません。——ですが」

シリルはトマの半ば開いた口もとに顔を近づけた。そして、ゆっくりと、その息を嗅いだ。

湖のような目がすっと細くなった。

「……これは病ではございません」シリルは低く、言った。「匂います。トマさんの内側から。——掘り返した、底のほうの土の匂い。日の当たらない、冷たい、生きていない土の。私はこれを嗅いだことがございます。ずっと昔。北で」

その瞬間、アリシアの中で何かが繋がった。

問屋の小麦の樽から、嗅いだ匂い。マルコの指さした、北の樽の匂い。あの夜明け、木立の際を流れてきた匂い。——喉の奥にずっと引っかかっていた、思い出せない小骨。その正体が今、トマの内側から、立ちのぼっていた。

ぜんぶ、同じ匂いだった。

掘り返した、底のほうの生きていない土。

それはトマ一人の病ではなかった。トマは徴候だった。北から、この屋敷へずっと前から、忍び込んでいた、その何かが——とうとう、一人の人間の、内側にまで根を下ろした。その、最初の、徴候。

物流の数字の歪み。穀物に紛れた匂い。門番の、空ろな目。——別々の、不可解な出来事だと、思っていた。違った。全部、一本の、根だった。北の地の、底から、伸びてくる、冷たい、一本の根。

個人の不幸ではない。これは家への——いや、もっと広い何かへの警告だった。

背筋を這い上がる寒さにアリシアは扇を握りしめた。

「……家令はトマを始末しろと言います」アリシアは低く言った。「危険だと。家を守るために」

「左様でございますか」シリルはすり潰す手を止めなかった。

正しい采配だ。トマはもう何に応えているのか、分からない。夜ごと、屋敷の門を北へ開ける手。あれが北の何かを招き入れる扉になったら。トマ一人を惜しんで屋敷じゅうを失うわけにはいかない。——切るべきだ。算盤はそう、弾いている。

なのに。

アリシアは寝台のトマを見た。十何年、この門を守ってきた男。いちばん実直でいちばん目立たない。ニコが誰より気にかけ、繋ぎ止めようとした、その人を。

(……始末する、ことはできる。でも)

道筋が灼けた。冷たく、はっきりと。

トマを、ただ除けば、徴候は消える。だが根は残る。北の管はまた、別の誰かに根を下ろす。次は悌かもしれない。次はあの、言葉の遅い子かもしれない。トマを切るのは警告の灯りを叩き消すのと、同じだ。暗闇は消えない。ただ、見えなく、なるだけ。

「……始末はしません」アリシアは言った。声は震えていなかった。「トマは屋敷の人です。最後まで。——シリル、頼みます。あの人を人のほうに繋ぎ止めて。できるだけ、長く。トマが北を見ているのなら、トマを通して、私が北を視ます。あの人を警告の灯りとして、消さずに灯し続ける」

切り捨てる手が徴候となった一人を見捨てるのでなく、その不幸を家を守る目に変えていた。最も冷たい采配の顔をして、誰一人、捨てずに。

その時、左手の薬指の付け根が熱くなった。

爪の根もとに一画。これで——七つ。両手の指に七つの古い文字。

擦った。消えなかった。当たり前のように消えなかった。

アリシアはその手を見下ろした。七つの指に刻まれた、七つの文字。そして、ただ一本——右手の薬指だけが白いまま、残っていた。あの夢で見知らぬ誰かが唇を寄せた指。『いずれ、ここに灯ります』と、告げた、その指だけが。

七つが刻まれて、なお最後の一画が灯らずに待っている。——その白さが揃った七つよりもずっと恐ろしかった。

塞がった、と思った。

逃げ場が。もうほとんど。灯りのせい、疲れのせい、幻覚よ——あの呪文で押し込めてきた、ぜんぶがもう布の下に入らない。刻まれた七つの指は夜ごと、熱を持ち、彼女に突きつけてくる。これは、ただの爪ではない、と。お前は、ただの令嬢ではない、と。そして、白いままの右の薬指がいちばん静かにいちばん重く、最後の何かを待っていた。

「……まだ」彼女は小さく、呟いた。何が「まだ」なのか、もう自分でも誤魔化せなく、なっていた。

シリルがすり潰す手を止めていた。湖のような目で彼女の手の——刻まれた七つの文字と、白いままの一本を静かに見ている。咎めず、驚かず。まるでいつか、こうなることを初めから、知っていたかのように。

——どこかで見た目つきだった。侍女のノエラと、同じ。

「お嬢様」シリルは穏やかに言った。「お疲れでしょう。あなたは……ずっとお一人で視てこられた」

その声があまりに優しくて。

アリシアはなぜか、ほんの一瞬、泣きそうになった。慌てて氷の面の下にそれを押し込めた。——まだだ。まだこの男の前で崩れるわけにはいかない。

シリルはそれ以上、何も言わなかった。ただ、すり潰した薬草をそっとトマの枕元に置いた。その手つきがあまりに慈悲深く——だからこそ、ふと奇妙な考えがよぎった。

これほど、命を慈しむ手は。いったい、どれほど、命をその手にかけてきたのだろう、と。

北の空が窓の外で昏く、暮れていった。

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