壊変記録"氷女椿"
氷柱の中に静かに飾られる二人の正暦保全者。伊伏は連れの女の手を握ったまま固まっている。一人失ったのは想定外だったがここまでくれば反撃の仕様も無いだろう。
私の氷天譲土が持つ能力は氷の属性付与。能力を受け取ったモノに触れたモノを凍らせる。付与した対象が大きければ大きいほどその効果も上昇する。だがその効果が発揮するのは属性付与してから最初に触れたモノのみ。私のスナバコノキに能力を付与してあの女に攻撃した時もあの防御壁に阻まれたせいでそれを破る際に氷結能力が発動してしまい弾丸は女の体を掠めるだけだった。
それにしても…炎を纏う刀を作り出す時の瓦礫…。借火尽鬼とか言ったか?あれを氷柱の上に発現させてそのまま落下させ氷を焼き切ろうとしても無駄なことは本人が一番理解しているはず。いや、"無駄"じゃなく"無理"という方が正しいのか。
具現化系の能力の場合、発現させる場所へ自身のトレイスを送り出して武器を具現化させるというのは常識。極稀にそれに囚われない能力もあると聞くが、無いと断言してもいいくらいに稀だ。そしてあの借火尽鬼は悲しくも前者。氷に阻まれトレイスを送り出すことは出来ないだろう。
現に氷漬けのこの状況で抜け出せずに静かに飾られている。女の方は…心配するまでもないか。さて、あの方に合流しなくては。二人に背を向けその場を後にする。
────っ!
小さな五つの破片が背中に突き刺さりそのまま体の表から飛び出していく。胸に開いた1cmほどの穴を指でなぞると、肉をフライパンに押し付けたように黒く焦げてざらついていた。傷口は狭く既に閉じていたが体の中がやけに熱く滾るような熱が感覚を刺激する。
二人が氷柱に閉じ込められているのは確認した。それにあいつらがこの游咏魚から出ない内は痕跡索の上限に引っかかって追加の人間も寄越せないはず。そんな疑念を抱きつつ振り向く。
そこには捕らえたはずの二人の姿は無く、代わりに乱暴に破壊された氷塊が転がっていた。その断面は獣が爪で切り裂いたような痕が刻まれている。
敵を探すよりも早く、どこからか放たれた炎の弾丸が私の体に穴を開ける。全身を覆うまでに肥大した氷天結柱は、閉じ込めた対象のトレイスが尽きるまでそれを奪い成長し続ける。残り少ないトレイスを使用してとどめをさすことを躊躇った事がこんな形で私を追い詰めるとは…。
そんなことを考えている間にも炎の弾丸は容赦無く襲いかかる。硬質化させた蔓を編み込んだ盾で何とか防いでいるが、その隙間を縫って一つ、また一つと体に穴が空いていく。追い詰められているのは間違いなくこちら。
「あまり調子に乗らないで。」
地面と建物その全てに発現する私の植物達。屋根の上に隠れた敵をそのセンサーが感知しその身体を捕らえると、私の腕が変化した氷の属性を携えた蔓がその場所目掛けて食らいつく。蔓の絨毯の上に咲いた氷天結柱は三本の筋に合わせて崩れ落ちるとその影から借火尽鬼を構えた敵が姿を現す。
「送ってもらったプレゼント、溶かして悪かったな。これからお前は死ぬわけだが疑問を抱えたまま死んだら可哀想だから俺らがあの氷天結柱から出られた理由を教えてやるよ。"御光盤条痕"」
奴の指の先に付く十個の爪が、赤い光を燦燦と放ちながら炎を帯びる。その手で崩れ落ちた氷天結柱の破片を一つ拾うと齧り取るように爪で砕いてみせた。
「お前は俺の借火尽鬼を刀だけ出す能力だと勘違いしていたようだが残念ながらそれはハズレだ。」
手に取った氷を宙に投げたかと思うと地面を蹴り一瞬にして距離を詰める。いや大丈夫、ちゃんと視認出来ている。残念だったな。お前が飛んできた先にいるのは私ではなく硬質化させた蔓の槍。その身を穿ってもう一度氷天結柱の中へ飾ってやろう。正暦を守るなどという誇り高い信念は非情な槍に穿かれ、引き裂かれる音が鈍く鳴る。
「ハッ、どこ狙ってんだよ。」
背後から聞こえる不気味な囁き。振り返ってその姿を確認するよりも早く身体へ借火尽鬼が食い込んでくる。
「クッ…!」
蔓で敵を弾きなんとか距離を取るが胴体と下半身は千切れる寸前。肉が僅かに繋がっている状態だったが、色欲色の仮面が発動し仮面が光ると同時に千切れる寸前だった胴体が繋がっていく。いや、傷口の熱傷が思ったよりも酷いからか時間がかかりそうだ。
伊伏は距離を保ったまま冷たい視線をこちらに向けている。一体何のつもりだ?死の寸前で足掻く私を憐れんでいるのか?視線が交錯するだけの静かな空間にあの方の声が差す。




