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正暦保全者  作者: あまみ
エピソード名"緋色の感触"
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If she crying

それから半年後のこと。チェスカは二度と戻ってこなかった。死因は睡眠薬の過剰摂取(オーバードーズ)だった。チェスカの様子が可怪しいことには気付いていたがそこまで追い詰められていることには気付かなかった。


葬儀を終えてやけに冷えた家に戻る。リビングには私とライザの二人だけ。恐らく双方に言いたいことはある筈なのに沈黙を破る勇気が静寂に呑まれて消えてしまう。何とかそれを破り言葉を発す。


「"あの日"…チェスカに何があったか…知っているなら教えてほしい。」


ライザは誰かを説得するように深くため息をついてから話し始めた。


「チェスカはあの日……レイプされた。相手は同級生の知り合いみたいだけどそこは私にも話してくれなかったから詳しいことは分からないけど前々から狙われてたみたい。パパがお店やってることも知ってて、それで最初はお金を求められて、それを断ったら……まぁそういうこと。」


「何でもっと早くパパに話してくれなかったんだ?確かにパパは男だし言い辛いかも知れないけどパパなりに……」


私の言葉を途中で取り上げ、ライザが声を荒げる。


「言えるわけ無いじゃん!チェスカはその時写真を撮られてて…このことを誰かに話したらパパのお店の前でばら撒くって…。それでチェスカはパパに迷惑かかるから言わないでって…。


チェスカはドジだし、泣き虫だし、勉強出来ないし、弱っちいし。…だけど私なんかよりもずっと強かった。誰よりも家族(私達)のことが大好きで、それを守れるなら自分はどうなってもいいなんて馬鹿なことを考える頭の悪い子なんだよ。」


ライザは上を向き溢れる涙を拭いながら、充血した目で私に言葉を向ける。


「私さ…パパと過ごしたこの17年。パパのことを嫌だなんて思った日は1日だってなかった。優しいし私達のワガママだって文句言いながらもちゃんと聞いてくれた。たまに叱られたこともあったけど、私達が心配で言ってくれてるって分かってたからムカつくみたいな気持ちにはならなかった。ものに当たったりもしたけどそれはパパが嫌いだからじゃなくてそんな優しいパパを心配させた私自身にムカついてたの。


……でもね。街で家族連れを見かけるとたまに思うの。ママが生きてたらもっと幸せだったんだろうなって。パパに言えない悩みなんかも話せてたかもしれないって。あの日、私は私達はもう子供じゃないなんて言葉では言ったけどさ……本当は。心の奥で思ってることは違ってたのかも。まだパパに甘えたいし、たまにでいいから頭を撫でていい子だね、なんて言ってほしいんだよ。ママに甘えられなかった分甘えたになっちゃったのかも。


ごめんねパパ。私お姉ちゃんなのに…あの日からチェスカの心が凍ってひび割れていってるのに気がついてたのに守ってあげられなかった…。パパから困っている人がいたら助けてあげなさいって言われてたのに何もしてあげられなかった。チェスカの心に不用意に触れたら壊しちゃいそうで怖くて……それで……。」


ライザは泣き崩れその言葉の先を言うことはなかったが言いたい言葉はその涙から十分に読み取ることができた。


この子達の心の涙に気付いてあげられていたら何もかも変わっていたはず。彼女達が泣いているときにそばにいてあげられたら凍りついた心を両手で覆って…。時間はかかるかもしれないがいつの日かその氷壁に閉ざされた心を溶かすことだって出来たはず。


だが全ては終わってしまった。美しい氷の彫刻だって溶けて地面に染み込んでしまえば元には戻らない。その染みを見下ろして行き場のない感情をぶつけることしか出来ない。


私のもとに残ったのはチェスカが隠し通したひとつの真実と心に傷を負ったライザだけ。



『ほらあの人よ…。娘がレイプされたってとこの…。』


  『噂じゃあの父親もレイプしてたって話よ。娘がもう一人いるみたいだけど大丈夫なのかしら…。』


 『やっぱり片親だからな。まともに子育ても出来んのだろう。』



心の境界線が無作法に混じり合う狭い街。町中を歩けば真実を知らない人達の視線(言葉)が耳から入って私の(敷地)を荒らしていく。


ライザに及ぶ危険を考えその街を出ることにしたのはそれから程ない頃だった。


それから死ぬまでチェスカのことを考えなかった日は一日だって無かった。後悔という一つの言葉で評してしまえば簡単かもしれないが、それに収まらない幾重にも重なった多層的な感情がチェスカを思い出させていた。それはライザも同じだった。


チェスカという可愛らしい女の子の形はもうこの世界には無いが、地面に溶けて出来た命の染みを瞳に刻んでいつだって共に生きた。


もしも生まれ変わることが出来るなら、誰にも言えない悩みを一人で抱えているチェスカを、いつもと変わらぬ笑顔の裏に涙を貼り付けている人達を救いたい。



命が尽きる寸前、そんな絵空事が脳裏へと焼き付いた。




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