薔薇と氷の女王
『今回の敵は男女二人組でこの組み合わせで戦うことが多いみたいだね。女性の方がメインで戦って男性の方がサポートに入るという戦闘スタイルでこれまで何人もの正暦保全者がやられている。女の能力は氷を操るものと植物を操るものの二つ。現時点で分かっているものだけでの話だけどね。
男の方は…目立った攻撃用の能力は持っていない。それに性能から察するに一握の破片をメインにしているようだ。履歴では高性能の回復能力も確認出来た。これは恐らく時の瓦礫だろうね。』
その情報とこの状況を照らし合わせる。ここまでは情報通りだけど…。緊張感が張り詰める中、向かって左側に立つ男が疎らな拍手と共に口を開く。
「いやー!想像以上だね最上位保全戦闘者、伊伏暗。それに一握の破片を使って戦うって話は本当だったんだね。おっと。自己紹介が遅れたね。
僕はローズゲイト・ヴィル・ヴァンデルローイ。
気軽にローズって呼んでくれて構わないよ。
そしてこの子が姫…では無かったね。氷女椿。名は体を表すなんて言うけれど美しいその名がよく似合う冷淡で美麗な子だろ?無口な子だから代わりに私が紹介させてもらったよ。」
伊伏さんが借火尽鬼に灯った炎を振り払いながらそれに答える。
「随分とぬるい攻撃だな。まさかとは思うが今のが全力って訳じゃねぇだろうな。」
「まさか。さっきのは"こんばんは"の挨拶みたいなものさ。……だとするとこれは"はじめましてハグ"になるのかな?頼んだよ姫。」
男が傍らの女に視線を送ると、壊変者達の後方に行く手を阻むように蔓が伸び始める。それは左右の建物を繋ぎ止めるように編み込まれていき空までも覆う。振り返ると私達が歩いてきた道へも同様に蔓が伸び始めていた。それらは伸びると同時に凍りついていき、一瞬で分厚い氷の箱を作り上げ、私達はその中へと閉じ込められた。それを壊そうと構える私達に追撃が襲う。
地中から伸びる蔓が撚られ、獲物を見つけた大蛇のようにその距離を詰める。伊伏さんはそれらを借火尽鬼で焼き払いながら私に目線で合図を送る。それに合わせてお喋り渡り鳥の進路予測線を発現させる。その線は敵に向かって十本伸びている。渦巻く寵愛で具現化させた生物…リリーネームで"ヘビラちゃん"も敵へと向かって空を泳ぐ。
ヘビラちゃんは基本的に大人しい子だから攻撃に対しては防御の構えを取るけど自分から攻撃することは出来ない。でも敵はそのことを知らないから…思った通り。その腕を蔓に変化させてそれを迎え撃つ構えに入った。
渡り鳥とヘビラちゃんが蔓と交わる瞬間、敵の頭上の氷が砕けその直下にいた二人へと降りかかる。正面に意識が集中した隙にもう一本の渡り鳥を地表から氷の天井へ向かって放っていた。
「姫。」
「分かってる。」
敵は短く言葉を交わすと、氷女と呼ばれた女が私が仕掛けたことで発生した瓦礫を見上げもせずに、頭上へ氷の防壁を作り出し氷の瓦礫を防いだ。横を見ると蔓の攻撃を受けたのか二の腕の辺りから血が滲んでいた。どうしよう…。渦巻く寵愛を先輩にも使ったほうがいいのかな…でも…。そんなニ択で揺れる私の様子に気づいたのか伊伏さんが口を開く。
「気にすんな掠り傷だ。それにお前はトレイスが元々多くねぇんだから自分が生き残ることだけ考えてろ。」
『二人共。保全履歴から敵の能力の詳細が分かったよ。恐らくは街一番の植物園と呼ばれる一握の破片の"原本"だ。D:Cの方は本体から伸びる植物以外で相手を傷つける事は出来ないようだけど、敵が使っているそれは伊伏君を攻撃しているしね。蔓だけじゃなくて様々な植物を具現化出来る技もあるから気を付けて。データは既に送ってあるよ。』
「それじゃあ僕も姫はお助けしようかな。"憐れ鞠憑"」
ローズがそう言うとその手中にサッカーボールほどの大きさの球体が作り出される。表面を虹色に纏ったそれはシャボン玉のようだったが、その中には赤黒い靄のようなものが閉じ込められて揺らいでいた。敵がそれを柔く蹴り上げると中空で五個に分裂する。伊伏さんが宙に漂うそれに向かって炎の刃を放つと爆発音と共に消え去った。それとほぼ同時に何故か私達の身体が所々凍り付いた。
「うーん。イマイチかな?それじゃあこっちはどうかな?」
ローズは身体から恐らく先程の一握の破片を取り出すと代わりに新たなD:Cを取り込む。
「すまないね。私は既に時の瓦礫を一枚取り込んでしまっているし、元々のトレイスも多くないからこうやって戦うしかなくてね。」
「これから死ぬやつの流儀なんて知ったことか。」
「能力と違って冷たい人だなぁ。でも冷たいのが好きなら喜んでもらえるかもね…"覆海水器"。」
ローズの両手から放たれた掌ほどの水球はこちらに近づくに連れて人の背丈ほどに巨大化していく。それと同時に放たれた炎の刃がそれを一瞬で蒸発させるとそれを追うようにして放たれた第二撃が敵のいる場所へと直撃した。辺りには先の一撃による水蒸気が立ち込め敵の姿がよく見えなくなっていた。
■一握の破片の保管箱
【曲名】
憐れ鞠憑
【創造地点】現位置換算済
正暦分岐点1506.03.13
沖縄県 国頭郡 金武町 "金武"
エピソード名 "弾け、呪われ"
(原本・────から引用)
【所有者】
ローズゲイト・ヴィル・ヴァンデルローイ
【原本】
曲名・所有者共に不明
【効果】
滞空時間が長ければ長いほど威力が上昇するシャボン玉型の爆弾を具現化する。放たれた爆弾の威力そのものが上がるわけではなく、滞空時間に応じて爆弾の数が最大五個まで変化する形となる。爆弾の操作は不可能。
【曲名】
覆海水器
【創造地点】現位置換算済
正暦分岐点1629.04.05
鹿児島県 大島郡 加計呂麻島 瀬戸内町 "於斉"
エピソード名 "波間の砂城"
(原本・────から引用)
【所有者】
ローズゲイト・ヴィル・ヴァンデルローイ
【原本】
曲名・所有者共に不明
【効果】
最大直径2mになる掌大の水球を具現化する。最大直径になるまでは10秒必要とし、それまでは操作不可能。(最大直径到達後は指定した相手を自動的に追尾、捕縛する。)トレイスを追加で使用することにより硬質化可能。水球に捕らえられた相手はトレイスの出力量が著しく低下する。(時の瓦礫を保有している場合、その威力はそれを元にした一握の破片程度まで低下する)




