修復記録"馬淵川南戸"
「非行防止区域で調べてみたけど幻覚の類では無さそうね…。」
俺の隣に座る子鹿さんが二人にそう呟く。正暦修復者の一握の破片で覗き見る游咏魚の中では留さんと道景さんの他に、歩道でくたばっている二人と同じ姿形をした銀髪の壊変者と子鹿さんの能力で作られた小鳥が羽ばたいていた。
「これが噂の"非行防止区域"っスねぇー!正暦修復者なのに時の瓦礫持ちってまじでレアっすよね!流石天下の子鹿さんっスわ!俺もC:D持てるなら"それ"がいいなぁー…。」
「別に私のをあげてもいいわ。私が死んだら灰の中から拾ってちょうだいね。」
こちらを見ず、顔色一つ変えずにそう呟く子鹿さん。
「子鹿さんが言うと冗談なのかマジなのか分かんないんスけど……。」
完璧超人の小鹿さんに恐怖を覚えつつ敵の解析を進める。さっき二人には伝えた通り、敵が持つ謎のデスサイズの能力はエピソード名"深々と演じる先で"の中で福楽さんと貉さんが闘った女の壊変者が持っていた時の瓦礫の一握の破片に間違いない。データが無いから能力の内容までは分からないけど……。
道景さんが敵を囲うように三点に集めた愛憎夜廻道中の炎を放つ。敵はその炎を弾いたが構えるよりも先に道景さんが二撃を放っていた。
───っ!
しかしそれは一太刀目の軌跡をなぞる様にして現れた二本目のデスサイズによって弾かれる。さっき二人に送ったデータを再度確認するがそこに書かれていた内容は"身体の硬質化"と"霊体と実体の切り替えが可能なデスサイズの具現化"。
死神を具現化させるなんてのもあるみたいだけど…。どう見ても今見た特性とはまるっきり違う。そんな考え事をして少しだけ手の止まった俺を気にしたのか子鹿さんが一瞬こっちを見る。視線を前に戻し修復作業を続けたままで言葉を掛けてきた。
「講習会では確かに一握の破片は時の瓦礫の劣化版と言ったわ。その説明をしていたときに貴方は隣の人とお話していたのによく覚えてるのね。でもその様子だとその後に話した"全てがそれに当てはまるわけではない"という話は聞いていなかったようね。」
講習会に無理矢理連れて行った同期の万梨ちゃんとお話ししていたことを思い出す。
「馬淵川南戸、只今学習致しました……。」
そんな会話をする少し空気の緩んだこちらとは異なり、游咏魚内に中で繰り広げられる異質な壊変者との戦いは激化していく。
"丑三つ蝋"で敵を完全に捕らえたと思ったらどこからか放たれたデスサイズによって銀髪の奴の首が跳ね跳んだ。そいつのトレイス体は報告通りC:Dに変化する。そういや前に死んでたあの二人は……。映像を俯瞰にして確認するとそっちの方もC:Dへと変わっていたが再び飛んできた鎌によって修復不可能なレベルで粉々に砕かれた。
丑三つ蝋に捕われていた敵が変化したC:Dも飛んできた鎌によって砕かれる寸前だ。うわー…終わったわ。あれがあいつの不死の能力の手掛かりになるかもしれなかったのになー。まぁしょうがないか…。そんな俺の予想を裏切るように、敵の攻撃よりも先に飛び出していた留さんによって破壊される前に回収されていた。
『回収した壊変者敵の時の瓦礫をアスバモンクに持たせたんで解析お願いしますね。』
「全部割られたー、とか思っちゃいましたよ!流石っスね!」
『だろ?先輩のカッコいいとこよく見とけよ?』
いやーやっぱマジでカッケェな留さん…。最上位保全戦闘者の名は伊達じゃねぇんだな。保全修復者にもそういうカッコいい二つ名みたいなん欲しいよなー。うーん……完全再生修復者…とか?いやダサいわ。
「何なのこれは…。」
二つ名を考えてる俺に届く小鹿さんの独り言。映された映像にはこれまでとは違う髪色だけ金に変わった"あの男"の姿が増え、留さんと道景さんの能力をコピーして二人を苦しめていた。
俺が敵のトレイス体を解析する横で小鹿さんは回収された時の瓦礫の解析も同時進行で進めていた。戦況はそれぞれ留さん対銀髪、道景さん対金髪のタイマンの構図になっているが自分の能力相手に戦わなきゃいけないという慣れない状況からかジワジワと押されつつあった。
そんな最中にも関わらず小鹿さんは思念受胎種を通じて誰かへ連絡を取っていた。いやいや、誰かと話してる場合か?なんて思ったが冷静に考えれば代わりの正暦保全者を呼んでるのか……。少ししてその人は現れた。
「バンビちゃーん、リリーが来たよー!」
リリーさんはいつもの様子で俺らに声をかける。
「貴女……はどれくらいの……で……」
「えっとねぇ──……」
解析に集中していてよく聞き取れなかったがリリーさんは小鹿さんといくつかのやり取りを交わし、游咏魚の水槽へと向かっていった。
「それにしても道景さん残念っすよね。留さんと組んでやるの久々らしいから楽しみーなんて言ってたのに……。まぁルリアンズの二人の連携力考えたらしょうがないッスよねー…。」
そう話している間にも戦況はどんどん悪い方へと転がっていく。
「……つーかこれ二人共ログアウトさせた方がいいんじゃないっスか?このままだと道景さんもやられちゃいますよ?」
「やっぱり貴方、私達正暦修復者に与えられた役割をまだ分かっていないようね。」
「え?いやいや分かってますって!正暦保全者の後方支援と安全の確保っスよね?」
「いいえ、少し違うわ。」
「違うも何も小鹿さんがそう言ったんスよ?そこだけは間違いなく聞いてましたから!あ、もしかして小鹿さんの話聞かずに万梨ちゃんとお話してたから嫌がらせのために嘘付いたってことっスか?」
小鹿さんは前を向いたまま少し笑いながら俺の問いに答える。
「馬鹿ね。可愛い生徒にそんなことするわけ無いでしょ。そうね…嘘ではないけれど私にとっては少し違うのよ。」
言っている意味が理解出来ずクエスチョンマークを浮かべる俺を見て詳細を話し始める。
「正暦保全者の安全の確保は確かに大事よ。でもそれなら危なくなったら游咏魚なんて構わず直ぐに皆をログアウトさせればいいんじゃない?でも違うでしょ?私達に与えられた役目の本質を忘れてしまっては本末転倒よ。
今でこそ正暦修復者なんて呼ばれているけれど元を辿れば私達だって"正暦保全者"の一人なのよ?その役目は正暦を守ること。違うかしら?」
小鹿さんはそう言うと俺が開いていたウインドウに"ある戦闘記録"を新たに開く。
「じゃあ身の安全は自分達でどうにかしてもらう…ってことッスか?…まぁ実際ここにいる俺らより現場で実際に戦ってる正暦保全者の方がどれだけやれるかーとか分かりますしね。小鹿さんが言いたいのそういう事っスよね?」
小鹿さんは俺が導き出した回答に"違うわ"と返す。
「この子達みたいにどれだけ保全戦闘ランクが上だろうと、物事を客観的に見るには限度があるわ。彼らの目から溢れた部分を補うのが私達の役目。
どこまで戦えるのか、策はあるのか、どこを超えたら負けてしまうのか。戦う彼らの表情、能力のデータ、地形。それら全てを踏まえた上で継続か撤退かの指示を出さなければならないのよ。見てご覧なさい。私が指導した中で一番優秀な教え子だった流々川君はちゃんと理解しているわよ。」
ウインドウの中では留さんが道景さんに向かって敵を任せても大丈夫かどうか聞いている。無理ならば游咏魚を諦めてログアウトするしかないと。
「いやいや、教え子って留さんは正暦保全者じゃないっスか
って……え?いやいや……え…もしかして……。」
「そうよ。流々川君は元々正暦修復者だったの。それもリリーの担当でね。"ルリアンズ"っていうのはその時にリリーがつけた名前よ。ルリアンズの頭のRは二人の名前から取ったものでは無くて元々はRecorderとReaderのRをそれぞれ取ったもの。"リリアンズ"の文字には二人で世界を救っていくという意味が込められているらしいわ。」
「何かやけに詳しいッスね……。」
「当たり前でしょ。その結成式に無理矢理出席させられた唯一の招待客なんだから。」




