瓜三つ
「おい千灯、あんまりそっちに行くな……、」
「はー…めんどくさ……。」
留さんの忠告と共に鼓膜を揺らす陰鬱な声。気付いたときには何者かに抱きかかえられてビルから落ちていた。見上げた視線の先には自分に向かって手を伸ばす留さんが映る。先の一瞬で一体何が起こった?壊変者か?記録の住人か?何れにしても非常にまずい事態になっていることには違いない。
自分の時の瓦礫"愛憎夜廻道中"は、攻撃力こそあれど空を飛ぶなんて技は持ち合わせていない。それに自分が持つ時の瓦礫はその一枚のみ。落ちてゆくなんとも言えない浮遊感が"二度目の死"の実感を湧き上がらせる。
「"身を任せて"」
遠くなったビルの上から留さんの声が聞こえた気がした。それが能力開放の呼び声だったことを身を持って知る。標本にされる昆虫が台紙にピン留めされるかのように自分の体が空中に固定される。敵の方に固定の能力は掛けていないようだが、後ろから抱きつくようにきつく結んだ手をより一層強く握って振り落とされるのを拒んでいた。
「"愛憎夜廻道中"」
空中に浮かぶ自分たちを中心に浮かぶ十二個の燭台。まるで土星の輪のように現れた蝋燭に灯る炎が自分の体を避けて敵へと突撃していく。
「チッ……まじでクソだな。だいぶミスったし後は任せるわ…。」
そんな声と何度かの衝撃を背中から感じると自分を掴んでいた腕は外れ、敵は先客が横たわる地面へと叩きつけられた。
能力を使用してゆっくりと降りてきた留さんと合流し二つの残骸へ近付いていく。そこで見たのは異様な光景だった。模写でもされたかのような瓜二つの銀髪の男二人が息絶えていた。目の下のホクロなどの細かな特徴を見比べてみるが違うところは何一つとして無い。
周囲には瓜二つな死体を一目見ようと野次馬が集まっていた。駆け付けた警察官がそれを整理し、程なくしてやってきた救急隊員が入る道を作る。
『まだ解析途中だけどその二人を構成する痕跡索が現段階で全て一致してるわ…。引き続き能力の解析は続けるけど時間がかかりそうね…。敵の様子を見ながら出来るだけ戦いを長引かせてちょうだい。』
子鹿さんからの連絡が終わらないうちにビルの間の路地から"地面の上で潰れたそれら"と同じ姿形をした"三人目"が武器を携えて姿を現す。家から出ることを拒む犬を無理矢理散歩に連れて行くかのように握られたその武器は死神が持つ大鎌のようだった。しかしその刃は地面を擦るだけで自分達に向けられる様子は無い。
「おい、君!ここは立入禁止だ。早く外へ出なさい!…ってなんだそれは?本物か?…おい…距離取れ……こちら新宿から警視庁……只今大久保病院花道通り付近の歩道で……」
警察官が路地から突如現れた死体と同じ姿形の壊変者に警戒を強め応援を呼ぶ。
自分の過去の戦闘でも、研究のために見ていた他の正暦保全者の戦闘記録の中でも見たことがない能力だ。いや。子鹿さんが"敵は能力を使わなかった"と言っていたことから痕跡索を利用した武器の可能性も考えられる。そんな思案を浮かべる自分の横で留さんが口を開く。
「前に星さんから聞いたことがある。箱嵜と一緒に組んだときの敵がああいう見た目の時の瓦礫を持ってた、ってな。……なんて話してたらどうやら正解みたいだぞ。」
子鹿さんと南戸くんの正暦修復者の能力を通して脳内に"ある"時の瓦礫の情報が送り込まれてくる。
『今データ送ったんですけど届いてます?敵が持ってるデカい鎌は間違いなく"その"能力っスね。つってもそれと性質が似てるだけで所々違う部分もあるんで一握の破片でしょうけどね。』
「はー…"早く"見終わんねぇかなー。にしてもこいつ何でこんなクッソ重いんだよ…。コイツが持ってんの当たりだと楽で良いんだけどなー。怒られない程度に適当にやって早く死ぬかー。」
気怠そうにしていた敵が手にした鎌で目の前の警察官達を纏めて屠ると、そのまま地面を蹴り自分達に迫る。
「千灯来るぞっ!」
勢い良く踏み出した敵だったが留さんの能力によって勢いを奪われその場で固定される。地面から少し浮いたところで留められた為踏ん張ることも出来ず、そのことを理解した敵は諦めた様子で手足をだらんと下げる。
留さんの"身を任せて"は手足などに作り出した五つの核を操作して動きを操るというもの。操作する核が多い程指数関数的に消費するトレイスの量も大幅に増加する。
手足が動く様と今は様子見という事も考えると胸の一つだけを留めているようだ。そんな事を考えている自分の前を一羽の小鳥が羽ばたき子鹿さんの通信が入る。
『非行防止区域で調べてみたけど幻覚の類では無さそうね…。』
これで死なない能力の候補の一つが潰れた。
「流石にもうちょっとやんないと駄目かぁ……つってもこれは無理ゲーじゃんね……。」
ボソボソと呟く敵を前に留さんから視線が送られる。分かっています。それに応えるように敵の周りへ"愛憎夜廻道中"の燭台を作り出す。
留さんがメインで使う能力はどれも敵に触れて攻撃するものが多い。あの"鎌の能力"が何なのかはっきりしない以上は無闇に接触を図るのは得策では無い。そういう意味を持たせた目線での合図だった。
自分も様子見で威力はそれ程高くない十二の炎を不規則に放つ。敵は自由なままの腕を振り手にしたデスサイズで炎を弾く。流石にこれは弾かれるか……。
態勢が悪いため速度はそれほど出ていないはずだけど残像のようなものが見えた気がした。自分の気のせいか?それならばと正三角形の頂点を位置取るように燭台を三つに集約し同時に炎を放つ。何とかそれを防いだようだが敵が構えを整えるより先に灯った炎が敵を襲った。
■時の瓦礫の保管箱
【曲名】
身を任せて
【創造地点】現位置換算処理済
正暦分岐点 1859.04.20
アメリカ合衆国 ユタ州 ソルト・レイク・シティ "リバティーウェルス"
エピソード名 "ご主人様の頼み事"
【所有者】
流々川留
【効果】
胸・頭・両肘・両膝に送り込んだトレイスの核を操作して動きを操る能力。数メートル横に動かすといった位置の移動は可能だが何かを握らせるといった細かい動作を強制させる事は不可能。操作する核が増えるほど指数関数的に消費するトレイスが増加する。
【曲名】
虚像拡張投影機
【創造地点】現位置換算処理済
正暦分岐点 1947.06.25
インドネシア バリ州 デンパサル "ヴァジュラ・サンディ"
エピソード名 "木陰で動かぬ待ち人ひとり"
【所有者】
クロエ・ガゼルゴール
【効果】
自身の体が硬質化すると共に任意のタイミングで霊体と実体の切り替えが可能なデスサイズを具現化する。デスサイズはトレイスを追加することで操作可能。実体を持たない死神を具現化することも可能だが、その死神が持つデスサイズを破壊されると一定時間能力が使用不可能となる。(能力使用者が所持しているデスサイズも同様。)
死神を一度消した後に再度召喚する場合は多量のトレイスを消費する。




