未知の新人
「俺の華々しい正暦修復者デビューの日に立ち合っていただきありがとうございます!」
自分は留さんと一緒にセンターホールにいた。目の前にいるのは子鹿さんと南戸くん。留さんの顔を覗いて見ると苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
「なんでよりによってお前なんだよ…。」
「ビックリしました?まっそれは俺もなんスけど。正暦修復者間の配置転換の絡みで空席になった道景さんの正暦修復者にまさか俺が選ばれるとは……まぁ期待の新人なんでしょうがないっスよねー!」
「あくまでも今回は仮よ。私がメインを担当して貴方にはサポートに入ってもらうわ。別に私の講習会を抜け出してまでしてたっていう"特訓"の成果を見せたいって言うなら変わってもいいけどどうするの?」
椅子から立ち上がって意気揚々と話していた南戸君のお尻を叩いて皮肉を飛ばす子鹿さん。南戸君は恥ずかしそうにしおらしく席に戻った。子鹿さんは顔を緊張感を戻すといつになく真剣にそしてどこかで不安そうに話し出した。
「いい?今回のエピソードだけど……"敵は既に死んでいるわ。"」
あまりの唐突な発言に子鹿さん以外が顔を見合わせる。南戸君はひとつ大きく笑うとそれについて触れた。
「いやいや子鹿さーん!いくら俺が一発目だからってそんならしくない冗談言って和ませようとしてくれなくてもいいんスよ?俺そこまで緊張して無いっスから!」
南戸君の言葉を聞いても表情が崩れていないことからその言葉が"真実"であることを悟る。
「私がおかしなことを言っているっていうのは分かってるわ……でも本当なの……。私だって何度も過去の戦闘記録を見直したわ。でも今回の敵は間違いなくそのエピソードの中で死亡してる。敵に回収されて分析はかけられなかったけどそのトレイス体が時の瓦礫に変わるところも確認した。しかも驚くにはまだ早いわ。更に前の戦闘記録を見直したら……いたのよ……その男が。つまり今回の敵は"幾度となく死んでいるはずの壊変者"ってこと。」
その言葉を受けた留さんが額から冷や汗を一筋落としながら反論する。
「いやいや……いくらなんでもありえないですよ……。そうだ!他人の空似何じゃないですか?ほら!実際壊変者も正暦保全者も山程いるし、その中の一人や二人くらい……。」
子鹿さんは自分を説得するかのように深く溜息をつくとそれに答える。
「私だってその線は考えたわ……でもね。トレイス体を構成する痕跡索の情報まで一緒なのよ?そんなこと有り得る?勿論かなり前の戦闘記録だから当時の技術不足で解析結果が完璧でないことも考えられる。実際にそのエピソードで解析出来てたのは三割程度だったようだし……。でもその三割でさえ一つの狂いもなく合致してるのよ?こうなると別人と考えるほうが無理があるわ。」
"死なない"という特異な点の他にもう一つ。敵はどちらの保全戦闘でも"能力を使わなかった"という点。使わなかったのか使えなかったのか。それとも不死の身体そのものが能力なのかは定かではないがどちらの戦闘記録においても、もう一人の仲間の壊変者に向けられた正暦保全者の意識を背けるためにわざと攻撃を受け易いような位置に陣取っていたという話も聞かされた。
湧き上がった謎が一つとして解決しないまま留さんと共に乗った移動卵殻内の空気は重く濁っている。
『正暦分岐点1972.11.19
エピソード名"朝九時のお立ち台"
游咏魚の水槽内痕跡索解析中…解析完了
識別番号btr:6601010、btr:10104810確認
正暦保全者二名転送開始』
落とされたのは横断歩道の上。歩行者用の信号が赤に変わりクラクションの音が自分たちを追い立てる。場所は新宿歌舞伎町。座標では要保護記録者はビルの中にいるようだけど……。ビルの合間から抜けてきた木枯らしが自分たちの体を押す。
「風が強いな……よし。色々と考えることはあるが取りあえずは要保護記録者の保護が第一だ。よし、行くぞ。」
思考を切り替えるように留さんの口から出た言葉に着いていく。程なくしてビルに着いたが何やらフロアの中が騒がしい。人の流れを目で追うと階段とエレベーターで皆一様に上を目指して登っていく。
「おい!屋上から人が飛び降りたらしいぞ!」
「本当かよ?何処の階の社員だ?」
聞き耳を立てるとそんな声が彼方此方から聞こえてくる。留さんとアイコンタクトを交わし自分たちも上を目指す。人混みの中を体の大きな留さんが掻き分けその後ろを小さくなって進む。屋上へ辿り着くと記録の住人が挙ってビルの縁に立ち下を見下ろしていた。
まさか飛び降りたのは要保護記録者か……?否。いくら何でも早すぎる。となるとこれは実際に正暦で起こった出来事なのか?そのような事を考えながら留さんに続いて縁へと辿り着く。そこから見下ろした先には動かなくなった一人の人間と血の溜まりが確かにあった。




