炎を纏う侍と裏切り者
「そういや後学のために聞いておきたかったんスけど今まで担当したエピソードの中で、内容とか敵とか諸々含めてこれしんどかったなぁ…みたいなのってあります?ほら俺グロとか切ない系とか駄目なんで…。」
みんなの空いたカップに紅茶を注ぎながらそう聞いて回る馬淵川さん。リリーさんの順番になったときに少し悩んだあとに思い出したように話し出した。
「んー…あっ!戦うの好きだし、敵がどうこうで悩んだことは無いけどリリーはあれがしんどかったなぁ。えっとね、お婆ちゃんが道路に飛び出した孫を引っ張って助けた代わりにそのまま死んじゃうの。
目の前で起きたからいくら正暦を変えちゃいけないって言われてても何とかして助けてあげたいって思っちゃったなぁ。…って"まべっち"聞いてる?」
「…ん?あぁ勿論聞いてますって!ちょっと最近忙しくてお疲れモードの省エネモードなんスよ!」
自分から聞いておいてリリーさんの答えには何処かうわの空という様子の馬淵川さん。二人のやり取りを聞いていたルルさんが呆れながら呟く。
「忙しく、って……。正暦修復者講習サボってここ来てるような奴がよく言うわ。」
「ちょっと留さん…今の一撃"判撃"並に重いっス……。」
いつになく盛り上がったお茶会も終わりそれぞれが帰路につく。千灯さんの過去の戦闘記録を見たかった僕は残ってヨノマリアさんにそれを見せてもらってから帰ることにした。誰もいなくなった道を帰る途中、物陰から聞き慣れない声が僕を引き止めた。
「箱嵜。ちょっといいか。」
その声のする方へ、人気の無い路地へと入る。その先にいたのは深紫色の長髪を後頭部で纏め、白と黒を基調とした紋付羽織袴を身に着けた"侍"のような見た目の人だった。
「伊伏さん…ですよね?えっと…僕に何か…?」
伊伏暗。最上位保全戦闘者にして保全戦闘ランク2位を誇る人物。そしてあの"借火尽鬼"の元となった時の瓦礫の所有者でもある。戦闘記録では何度も観たことはあるが実際に顔を合わせるのはこれが初めてのはず……そんな格上の人がいきなり僕に何の用なんだ?様々な憶測を浮かぶ中、不敵な笑みを浮かべて呟きだす。
「箱嵜…お前正暦保全協会の中に"裏切り者"がいるって言ったら信じるか?」
裏切り者?正暦保全協会の中に?そんなことは考えたこと無かったが信じられない、というか信じたくはない。曲がりなりにも僕等は"誰かを救いたい"と強く願ったことでここへ流れ着いた。そもそもそれは……。伊伏さんは僕の思考を読むが如くニの言葉を吐く。
「信じたくはないし、そもそもこのバートンテイルと壊変者の世界は繋がっていないから行ける訳もない。そう言いたそうな顔だな。
まぁ俺もこんな意味有りげなことを言っておいてなんだが、コイツが怪しいなんて核心を掴んでる訳じゃねぇ。なぁ、お前も"視線"は感じてるだろ?」
視線?思わず辺りを見回すと伊伏さんはキョトンと大きく目を見開いた後に大きく笑った。
「"甚さん"に話は聞いてたがお前本当に面白い奴だな。気付いて無いならそれはそれでいい。俺も付けられたことに気付かず昨日偶々気付いたらくらいだからな。俺が気付かないとなると"あの人"の仕業だろうが……。あの人が何かしら動いてるにも関わらず保全戦闘ランク2位の俺には何の連絡も無ェところを見ると事態はそれだけ深刻で慎重にならざるを得ないって訳か……。納得いかねェがそれも仕方無し。」
さっきから伊伏さんはなんの事を言ってるんだ?疑問符が脳に張り付いて何一つ理解が追いつかない。そんなことを察してか伊伏さんが難しそうな顔を緩め呟く。
「まぁいい。ここ一ヶ月のお前を見て、少なくともお前が裏切り者では無いという核心を持って声を掛けただけだ。いや…忠告しにきた、って言った方が正確か。」
伊伏さんは地面に落ちていた一枚の紙に目をやるとそれ手に取り続ける。
「いいか。例え何かを強く誓ったとしても人の心ってのは表面的な…こういうペラ一枚の紙みたいなもんじゃあねぇ。色んな感情が何枚も何枚も複層的に折り重なってる。」
そうして幾重にも重ねられた紙が伊伏さんの"能力"によって燃えて灰となり風に散る。
「それによ人間の心ってのは…そうだな。大海原に放り出された櫂の付いて無い小舟のようなもんでもある。目の先の浜に行きたいと願っても望まぬ潮の流れに導かれて、気付いたときには何処かも分からねェ怪しい雲が漂う無人島に流れ着いてた。なんて事も少なくねェだろうよ。
つまりだ。どれだけいい顔を見せてようがそいつが清廉潔白な身かどうかは疑わしいってことよ。それはこの俺はお前もな。
壊変者との戦いで色々と思うところもあるだろう。実際俺もそうだった。だけど注意することだな。游咏魚の中を泳いでいて、気付いたら壊変者の仲間になってました、なんてことが無いようによ。裏切り者は見せかけの仲間の面で惑わして、既にそこまで来てるかもしれねェぞ。」
伊伏さんはそう言い終わると僕に背を向け路地を後にする。
「おっと言い忘れてたのがあったな。お前の借火尽鬼の使い方中々良かったぜ。今度模擬戦闘やり合おうぜ。
それと……護ってくれてありがとよ。」
護ってくれて…?僕は伊伏さんと一緒に保全戦闘をしたことはない。誰かと間違えているのか?
「まぁそんなに深く考えなくてもいい。こっちの話だしな。」
振り向いた伊伏さんは手を銃の形に整え僕へ向け、それを上に上げると指先から放たれた炎が僕の少し前で花火のように鮮やかに咲いて消えた。伊伏さんがいたところに目を向けると既にその姿は無く、熱気だけが路地を微かに温めていた。
「裏切り者……か。」
僕は緩んでいたその感情を引き締め帰路へと付いた。




