新世代
そんなやり取りをしている内に千灯さんが研究室に戻ってくる。
黒髪短髪で見るからに好青年という印象を受けるその人は私の隣に座った馬淵川さんとは対極と言っても差し支えないはない。
「留さんお久しぶりです。貉さんと南戸くんは…はじめまして…ですね!自分、千灯道景って言います。これからどうか宜しくお願いします。」
それぞれが答える中馬淵川さんが質問を返す。
「さっきの愛憎夜廻道中、噂は聞いてたんですけど詳しい能力は実際に見てもよく分かんなくて……可愛い後輩に教えてもらえません?」
千灯さんは優しく答えると能力を小さく発動させる。爪程の大きさの12個の炎が机の上に浮かぶ。
「おいおい。いくら小さいとは言え炎とか危なくないか?書類とか資料とか色々と危険だろう。」
「流々川ちゃんもおかしなことを言うわね。この部屋に書類の類いなんて一枚もあるわけないじゃない。」
「それはそれでどうなんですか…。」
心配するルルさんを他所にヨノマリアさんが答えた。
「フフッ。それじゃあ続けますね。自分の時の瓦礫"愛憎夜廻道中"は言ってみれば相手との駆け引きによって威力が変化する能力なんです。」
説明を聞いた馬淵川さんの頭の上にはクエスチョンマークが咲いていた。
「すみません。自分の例えが悪かったですね!敵を囲うように具現化した燭台の炎で攻撃することも出来ますけどこの能力の真髄はその炎が作り出した敵の影に潜って攻撃出来るという点なんです。影に潜ると燭台が変化した槍が現れてそれで攻撃することが可能になります。燭台の数が少なくなるほど火球と槍の威力は上がっていく仕組みなので、さっきみたいに燭台が一つ消えた程度だと殆どダメージは与えられません。」
説明に合わせて机上の炎が増えたり減ったりしてはその炎を揺らめかせる。
「さっきは使いませんでしたがβSide Codeの本当の能力は……うーん。これでは説明し辛いですね……。ヨノマリアさん。自分の過去の仮想保全戦闘の記録映せますか?」
ヨノマリアが再度ウインドウを叩くと空中に映像が映し出される。千灯さんと相対する敵は同じくバルドゥーヤだった。
『裏面解錠 "丑三つ円狀儚"』
千灯さんのその声に応じて一つに成っていた燭台が三つに分かれて牛のような形と成る。
『蝋・烽・烽』
そう呟くと三つに分かれた内の一つは白い体に真鍮の角を持つ牛に、もう二つは炎の体を持つ同じような角を生やした牛へと変化して敵に襲いかかる。それを壊そうと腕を伸ばしたバルドゥーヤだったが、触れられた白い牛は泥々と蝋のように変化して冷えて固まりバルドゥーヤの動きを封じた。
それに追撃をかけるかのように炎の体を持つ二頭の牛が敵目掛けて突進する。逃げる術も奪われ攻撃を正面からまともに受けたバルドゥーヤの体は焼け焦げ消失していった。そこで映像が止まり再度最初の場面に戻ると千灯さんが再び解説を始める。
「今見てもらったように集めた燭台の炎を、蝋の体を持つ捕縛用の"蝋牛"、炎の体を持つ攻撃用の"烽牛"に振り分けて攻撃するんです。
彼らは速さこそ持ち合わせてはいないですが、一度狙いを定めるとそれと接触するまで何処までも追いかけ続けます。なので例え一度攻撃を避けられたとしても、自分の追撃とは別に彼らからの追撃の警戒もしなくてはなりません。蝋牛の方はそれを上回る破壊力を持った攻撃、烽牛の方は水系の攻撃には弱く打ち消されてしまうこともありますが自分は弱いとは思いません。
格下の相手には"丑三つ烽"でそのまま倒す事も出来ますし、格上の相手だとしても"丑三つ蝋"で足止めして形勢を立て直したりする時間を稼ぐことができますしね。」
「あっ!じゃあこういう場合はどうなんスか───………。」
千灯さんの能力に興味を爆発させた馬淵川さんが質問攻めにする中、聞き慣れた声が元気に割って入る。
「リリーちゃんの登場でーす!用事早く終わったから来てあげたよー。」
「リリーも来たことだし新しいお菓子出そうかしら……見て苺のタルトケーキ直ぐに売り切れちゃうから残ってたのラッキーだったわ。さ、皆で食べましょ。」
一人に二つは渡りそうな大きなケーキをそれぞれが皿へ取り分けていく中、ルルさんが馬淵川さんに質問を投げる。
「そういや昨日九麓聡さんが"明日は正暦修復者"の講習会があるとか言ってたけど馬淵川は行かなくていいのか?……まさかお前またサボってここに来たんじゃないだろうな?」
その言葉に気まずそうにゆっくりルルさんの方を向き言い訳を並べ始めた。
「だってしょうがないじゃないっスかー!お仕事ダルいし何より子鹿さん怖すぎるんスもん…。それに何か苦手なんスよねー。ねっ!貉さんもそう思いますよね?苦手っスよね?」
僕の手を握り潤んだ目で同意を求めてくる馬淵川さん。うーん…僕は君のほうが苦手かな…。そんな苦笑を浮かべているとルルさんがそれに答える。
「まぁ…そこは分からんでもないが…。何かこう…敏腕編集長、って感じだよな。」
「そうスか?俺はスパルタ教師って感じっスけどね。」
「スパルタ教師か…あんなことやこんなこと…それも良いかもな。」
「しかも初めて会ったときの第一声なんだと思います?
『珍しい苗字ね……。それじゃあ…──。』
っスよ?もうちょっと他に何かあると思いませんか?」
「…まぁそれしか気になるところが無かったんだろ。それか極力お前と話さないほうが身のためだと思ったか、だな。」
「二人共なんちゅう話してんのさ!後でバンビちゃんに言ってやろーっと。」
さっきまでの戯言を訂正してリリーさんに懇願する二人。どうやら自分たちが貰えるはずのもう一つのケーキを上げるということで話はついたらしい。満足そうにケーキを頬張るリリーさんは千灯さんへ向けて言葉を発する。
「"ミッチー"はこんな人達みたいになっちゃ駄目だよ?リリーみたいなちゃんとした先輩だけを見習うように!」
リリーさんは自分の物となったリリー印付きのタルトケーキを千灯さんへ一つお裾分けしながらそう話す。それと共に自分へ向けられた言葉に対し優しい笑顔を見せた後にこう返す。
「お気遣いありがとうございます。やっぱりリリーさんは面白い人ですね。リリーさんの事は好きですがその"命令"は聞けません。リリーさんだけじゃなくてヨノマリアさんも、留さんも、貉さんも、南戸くんも。僕に良くしてくれるバートンテイルの皆が大好きなんです。……でも今日だけはリリーさんだけを見ることにします…ね?」
研究室に流れる沈黙。僕を含めた千灯さんを除く全員の顔に浮かんでいたのは気恥ずかしさと嬉しさが混じり合ったようななんとも言えない表情だった。自分の発言の後に沈黙が訪れたため不安になった千灯さんが不安そうに僕達の様子をうかがっている。
「前々から思ってはいたが……真面目一辺倒の千灯のことだから狙ってないんだよなこれ…。」
少し赤くなった額を人差し指で掻きながら呟くルルさんにリリーさんが続く。
「うん、それリリーも思ってた…。ミッチーって天性の女誑しだよね。無自覚なのが更に怖いところだけど……。悪いネコちゃんに引っ掻かれないように気を付けなよー?」
誂われあたふたする千灯さんを皆で笑うと、今度は逆に千灯さんの顔が赤らんでいた。




